火は火星の火 第4回 「スペースインベーダー」

火曜日に火星SFを観る「火は火星の火」第4回は1986年の「スペースインベーダー」。
先週の火曜日に観た「惑星アドベンチャー/スペース・モンスター襲来!」のリメイクであり、8月26日に亡くなったトビー・フーパーの監督作である。原題はオリジナルと同じ「INVADERS FROM MARS」。

びっくりするくらいオリジナルに忠実なリメイクだった。まさかこんなに原典通りのストーリーだとは思わなかった。デビッド少年が丘の向こうにUFOが降りてくるのを目撃する出だしから、ちょっと微妙なエンディングまで基本的なアウトラインは全くそのままなのだ。中盤の展開が少し違うけど、問題の丘の風景も忠実に再現しているし、首の後の傷も地下の宇宙人の基地も火星人の構成も火星人が地球に来た理由もラストの脱出劇もほとんどそのままである。ちなみに主役のデビッド少年を「パリ、テキサス」のハンター・カーソンくんが演じている。リンダ先生役のカレン・ブラックは実の母親。

オリジナル版でデビッド少年を演じたジミー・ハントは警察署長役でゲスト出演。デビッドが通う小学校はメンジース小学校で、メンジースというのはオリジナル版の監督の名前である。作り手たちのオリジナル版に対する並々ならぬ敬意が感じられる。そうか、「惑星アドベンチャー/スペース・モンスター襲来!」ってそんなにリスペクトされている作品なのか。てっきり宇宙人が親や隣人に入れ替わるというアイディアだけもらった別物なのかと思った。

脚本に「エイリアン」や「バタリアン」で有名なダン・オバノンが入っている他、特撮にジョン・ダイクストラ、スタン・ウィンストンが入っていてなかなかに豪華な布陣なのだが、全体としてはだいぶチープな仕上がり。たぶん公開当時観に行っていたらがっかりしてた。しかし今回はそれなりに楽しく観た。何よりオリジナル版を観てから観たのでフーパー監督はじめ作り手たちの工夫とこだわりが感じられて微笑ましい。テレビで「スペース・バンパイア」やっているのもご愛嬌。まあ傑作ではない。しかし嫌いにはなれない映画だ。基本この映画はジュブナイルなんだと思う。1986年には僕はとっくに成人していたが、小学生でこれ観てたらけっこうトラウマになったはず。両親が宇宙人に乗っ取られるという基本設定がすでに子どもには怖いし、リメイク版オリジナルのルイーズ・フレッチャー演じる生物の先生は強烈なインパクトだ。変な火星人とその奴隷ミュータントも楽しい。作り手の稚気をこそ愛すべき映画。
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火は火星の火 第3回 「惑星アドベンチャー/スペース・モンスター襲来!」

久しぶりに火曜日に火星SFを観る「火は火星の火」の第3回である。今日はたまたま同じ名前のミサイルの話題が列島を席巻したがそれとは何の関係もない。念のため。

どちらかというと26日に亡くなったトビー・フーパー監督に関係がある。トビー・フーパー監督に「スペースインベーダー」という適当な邦題をつけられた映画(未見)があって、それが今日観た「惑星アドベンチャー/スペース・モンスター襲来!」というやはり適当な邦題をつけられた映画のリメイクなのである。原題はどちらも「INVADERS FROM MARS」。

1953年のアメリカ映画。侵略ものとしては初のカラー映画なのだそうだ。
技術者を父に持つデヴィッドは天体好きの少年。ある明け方、望遠鏡で空飛ぶ円盤が丘の向こうに着陸するのを目撃する。様子を見に行った父親は父親は地中に飲まれ、全く別人のようになって帰ってくる。首の後には何か手術の痕が。

周りの人間がどんどん宇宙人に捕まって手先にされてしまう、という趣向の、作りようによってはホラーSFになりそうな題材。アブダクションものと言っていいのか。実際序盤はそうなのだが、女性医師ブレイク博士や天文学者ケルストン博士という理解者が現れて、わりと早い段階で宇宙人の侵略であることが軍部まで伝わってしまう。そんなに簡単に信じていいのかとも思うが、そこはジュブナイルSF映画だし言うのも野暮か。宇宙人の目的は地球人が建造しているロケットを妨害することにあるらしい。なにぶん50年代映画なので冷戦の反映は当然のようにある。

宇宙人に操られている人間と地球人との攻防なので、途中まではSFらしい絵はあまり出てこない。誰が宇宙人の手先なのかは分かっているのでその辺のサスペンスに欠けるのは残念。後半は地下の宇宙人の本拠地に潜入しての攻防。ここでやっと宇宙人が出てくる。まず出てくるのが操られているミュータント。図体がでかいが頭はよくなさそうだ。親玉は胸像みたいな手足のない(触手みたいなのは生えている)頭でっかちの宇宙人。頭はいいらしいが台詞がないので今ひとつ伝わらない。しかもどうも一人で来ているらしい。地下のセットはそれなりに趣があるがやはり特撮らしい特撮はあまり出てこない。ところでこの宇宙人、天文学者のケルストンは火星から来たのだろうと推測しているが、映画の中では今ひとつはっきりしない。タイトルが「火星からの侵略者」でなければ火星SFと言っていいのか迷うところだ。

ラストは夢オチのようなそうではないような微妙な終わり方。それなりに楽しく観たが特別出来のいい映画でもない。1979年になって日本で初公開されたそうだが記憶にないな。これをトビー・フーパー監督は1986年にリメイクしているのだ。どんな味付けをしているのか楽しみだ。近い火曜日に観ます。

ところでトビー・フーパー監督追悼で昨日何回か観ている「スペース・バンパイア」をまた観たのだけど、記憶よりずっと面白かった。「ザ・マミー/呪われた砂漠の王女」とちょっと似ているがクライマックスの面白さはこっちの方が断然上。ラストいいよなあ。

大映特撮ナイト 第10夜 「怪談佐賀屋敷」

DeAGOSTINIの大映特撮映画DVDコレクションを中心に大映特撮映画を公開年代順に観る一人上映会、第10回は1953年公開の「怪談佐賀屋敷」。実は僕にとって化け猫映画初体験。いや、こんなに面白いものとは思わなかった。

鍋島家家臣諫早豊前の陰謀で殺された龍造寺家当主又一郎と自害して果てたその母親の恨みを晴らすため、飼い猫こまがスーパーパワーを使って復讐していく話。それを追う探偵役の小森半左衛門を「西遊記」他で孫悟空を演じた坂東好太郎が演じている。

化け猫の側には復讐するだけの理由があるわけなので復讐譚としても楽しめ、同時に化け猫というモンスターを退治するドラキュラ映画的側面もあって、その辺のバランスがいい。復讐される側をいかにも悪い豊前(杉山昌三九)と豊前に唆された根はいい人の鍋島丹後守(沢村国太郎)に分けることで、復讐する側、される側両方のカタルシスを用意している。ヴァン・ヘルシング的キャラクターである半左衛門も丹後守に仕えながら同時に龍造寺家に親しい人物に設定していて抜かりがない。半左衛門がわりと近代的な合理主義者であるのもいい。丹後守が怪異に怯え精神を病んでいく描写もよく描けていて、見ようによっては罪の意識に駆られた丹後守が幻覚を見ているとも取れる。

しかし何といってもこの映画の魅力は化け猫というモンスターそのものの魅力だ。化け猫は人に取り憑いてその人になりすますのだけど、身近な人物が実は化け猫である、という設定がけっこうSFホラー的。化け猫には人を操る能力もあって、操られた人間がアクロバティックな動きをするのは「エクソシスト」の悪魔に取り憑かれた少女リーガンのようだ。こっちの方がずっと早いわけだが。見世物映画としても十分面白い。化け猫女優入江たか子、というのは名前だけは知っていたけど確かにインパクトあった。髪を振り乱し口の周りを血だらけにして大立ち回りを演じる入江たか子はモンスター役者として十分に存在感がある。猫の動きを取り入れつつ、首に噛み付く描写なんかはむしろ吸血鬼的。しかもハマーの「吸血鬼ドラキュラ」より何年も前の映画なのだ。(雰囲気は戦前のおっとりした「魔人ドラキュラ」よりはハマー映画にずっと近い。)アクロバティックなシーンを演じるスタントの人が女性に見えないのはちょっといただけないが。

入江たか子主演の化け猫映画はこの後何本か続く。次回はその一本である「怪猫有馬御殿」。

大映特撮ナイト 第9夜 「大あばれ孫悟空」

大映特撮映画を公開年代順に観る一人上映会、第9回目は番外編1952年9月の「大あばれ孫悟空」。番外編なのはこれがDeAGOSTINIの大映特撮映画DVDコレクションに入っていないから。1952年4月公開の「西遊記」の続編でわずか5ヶ月後に封切られている。人気あったんだろうなあ。

孫悟空に坂東好太郎、三蔵に春本富士夫は変わらないが、猪八戒が花菱アチャコから羅門光三郎に、沙悟浄が杉狂児から伴淳三郎に変わっている。八戒が関西弁なのは変わらず。沙悟浄のキャラはだいぶ変わっている。舌をペロペロ出す演技が特徴。前作で金角大王を演じた徳川夢声がナレーション。ちなみに猪八戒役の羅門光三郎は戦前の映画で孫悟空を4回演じているそう。

金魚の化身霊感大王、女郎蜘蛛の化身青面公主、虎力大仙、鹿力大仙、羊力大仙、猿の化身狙力大仙と動物の化物が次々三蔵一行の行く手を阻む。

前回より喜劇色が濃くなっている印象。セットなどは前回よりも豪華で映像もずいぶん洗練されている。ただ個々のエピソードがやや小粒なのは否めない。危機になると観音様が助けてくれるというのもちょっと肩透かし感はある。役者陣では三蔵に横恋慕する青面公主の清川虹子がおかしい。ウィキペディアを見ると、この年清川虹子は沙悟浄役の伴淳三郎と結婚している。7年後には離婚してるけど。

音楽が色々工夫されているのもこの作品の特徴の一つだが、砂漠を一行が歩いているシーンなどで電子オルガンらしき音楽が使われている。1952年という時代を考えるとだいぶ早いのではないだろうか。


次回は「怪談佐賀屋敷」。

大映特撮ナイト 第8夜 「怪談深川情話」

実は新作映画もいろいろ観てるんだけど最近感想書いてない。つまらなかったわけでは全然ないんだけどな。

で、今回も大映特撮映画を制作年代順に観ていく一人上映会のこと。第8回は1952年の「怪談深川情話」。脚本・監督は犬塚稔。僕は海外の古典ホラー映画がわりと好きなんだけど、日本の怪談映画をあまり観ていない。中川信夫監督の「東海道四谷怪談」が印象に残っているくらいで、ほとんど白紙に近い状態。そういう意味でこれから何本か続く大映怪談映画はかなり楽しみにしいてたのだ。

さてこの映画、ものすごく上品な怪談映画だった。この映画は戦後初の本格的な怪談映画だそうだが、物語の終盤になるまではしっとりとしたメロドラマを観ている感じだ。

時は明治。踊りの師匠の吉登世と年下で純粋な若者新吉の恋物語に新吉の親方、熊本組の傅次郎と吉登世のお弟子さんのお久が絡む。傅次郎は惚れた女を手下の新吉に取られて面白くない。好色で強引な男である。若く清純なお久は新吉に何度も危ないところを助けられて憎からず思っている。新吉と結ばれた吉登世はお久と新吉の仲を疑って嫉妬に駆られる。それにうんざりした新吉に別れ話を切り出され、追いすがったところで転んだ吉登世は顔に怪我をする。ここらからやっと怪談らしくなる。

心理描写が丁寧で品のいい撮影と相まって上品な文芸映画のようだ。顔に怪我をするくだりが92分の映画の60分くらいのところで、そこまで扇情的な要素は全くと言っていいほどない。

顔の怪我が元で寝込んだ吉登世を新吉は献身的に看病する。そこに傅次郎がよからぬ企みを持って忍び込み、吉登世の顔に驚いたのか、はずみで切ってしまう。はずみで切るなよ。顔の怪我ったってお岩さんみたいに凄いことになっているわけではないのである。折り悪く、その時新吉はお久とこっそり出かけていた。なかなかに後ろめたいシチュエーションである。と言ってもそこも上品で、うどんを食べながら身の上相談に乗っていただけである。責めるのは酷というもの。しかし嫉妬に駆られた吉登世の亡霊には通じない。

亡霊が出てきてやっと特撮の出番である。と言ってもうどん屋に現れた吉登世は普通の人間の姿をしていて、普通に人力車に乗せられ帰宅する。家に帰り着いた吉登世がすーっと消えるシーンが最初の特撮シーンだが、怖いというより綺麗な絵に仕上がっている。その後は傳次郎に切られたと思った新吉が手下の男だったり、お久と思ったら吉登世の姿に変わっていたりと、吉登世の亡霊に人の姿を違って見せる力があるのか、罪悪感から幻覚を見るのか、目まぐるしく人物が入れ替わる。このあたりがこの映画の最大の見せ場。倒れているお久を新吉が抱き起こし、しがみつくお久がいつの間にか吉登世に変わっているというシーンをワンカットで見せるところがある。当然途中でカメラを止めてなるべく人や背景が動かないようにしながらお久と吉登世を入れ替えているのだろうけど、一見しただけでは分からない、手品のようなシーンだ。川に落ちたお久を新吉が引き上げると吉登世に変わっているシーンは特撮と言うほどではないが、白黒映画の黒い水はなかなかに不気味だ。照明も上品ながら雰囲気を盛り上げている。

元になったのは「真景累ヶ淵」だそう。大映には1960年に「怪談累が淵」があるのだが、なぜかこれも DeAGOSTINIのコレクションには入っていない。セレクトの基準が今ひとつよく分からないな。次回はDeAGOSTINIのコレクションに漏れていた「大あばれ孫悟空」を観る予定。
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