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カチャーノフとナコイカッツィ

みなみ会館でロマン・カチャーノフの短編アニメと「ナコイカッツィ」という劇場公開される作品としてはとても変わった映画を観る。
「チェブラーシカ」で日本でも知られるようになったカチャーノフだけど、今回見たのは「レター」「ママ」「ミトン」の3本。
いずれも日常とファンタジーを行き来する愛らしくてどことなくペーソスのある作品。
「レター」と「ママ」は以前にも何回か見たことがあって、「チェブラーシカ」が流行るまで、僕にとってロマン・カチャーノフといえば「ママ」を作った人、という認識だった。
今見てもとてもいい作品である。
初めて観る「ミトン」もかわいく、おしゃれだ。

「ナコイカッツィ」は不思議な映画。
セリフやストーリーはなく、CGのバベルの塔と実写の廃墟の映像に始まり、膨大で雑多な実写映像とCGがコラージュのように繋ぎあわされた作品。
しいてキーワードを挙げれば「反復」と「疾走」と「暴力」だろうか。
都市、スポーツ、動物、軍隊、マンデルブロー集合、自然、セレブリティ、核実験、デモ、子供、ロケット、西洋名画などなどの映像が独特の加工をされて次々と現れては消える。
不穏でいて美しい。

ところでみなみ会館でレンタル落ちのビデオが安売りされていたのだけれど、その中に「ゴーメンガースト」の2巻ものがあってびっくり。
映像化されていたのか、「ゴーメンガースト3部作」!
840円で、おまけにクリストファー・リーも出ていたので即買い。
どうもテレビ映画らしいのだけど、期待と不安相半ば。
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偶然と物語

オノ・ナツメさんの初の商業単行本「LA QUINTA CAMWEA(ラ・クィンタ・カーメラ)を読む。
とても面白かった。
この本の中にはいくつもの信じられないような偶然が起こる。
信じられないような偶然、というのは実は現実の中ではわりと頻繁に起こるものだ。
しかしそれをフィクションの中で描くとなぜか話にリアリティがなくなるので、僕らはなるべく信じられないような偶然を話に持ちこまないようにする。
それが物語を作る上での一種の作法のようになってしまっている。
でもナツメさんの描く世界やキャラクターはあまりにリアリティがあるので、そのような約束事に縛られる必要がない。
僕らは安心して、あ、そういうこともあるのか、と思いながら話に入っていけるのである。

アンテナ

大学終わってから、レイトショーの「アンテナ」を観に行く。
自傷とかSMとか扱っている題材から、都会的な現代風俗を扱ったもっとちゃらちゃらした映画を想像していたらとんでもなくて、地に足がついた、どちらかといえば土俗的な匂いのする家族再生の物語だった。
映像は抑制が利いていて、生々しいリアリティを保ったまま、神話性を帯びた幻想をも描き出していて見応えがある。
万人うけする映画ではないだろうが、それこそアンテナに引っかかる人にとっては特別な映画になりうる力を持った映画だと思う。
しかしあのお母さん、麻丘めぐみなのか。
それもだいぶとびっくり。

イノセンス

友人Yと映画「イノセンス」を観に行く。
はずだったのだが、みようと思っていた4時半の回がいつの間にか「ピーターパン」に入れ替わっていて、「イノセンス」を見ようと思ったら6時45分まで待たなくてはならなくなっていた。
で、急遽5時からの「CASSHERN」を観に行こうということになった。
のだが、行ってみるとまだ3時なのに5時の回が満席だった。
CASSHERN、人気なのか。
やむをえず、結局3時間半くらい書店に寄ったり神社にお参りしたり早めの晩飯を食べたりして時間をつぶして6時45分からの「イノセンス」を観たのだった。

そうやってだいぶと長い旅をしてたどりついた「イノセンス」なのだが、正直言うと期待したほどではなかった。
例によって、人間と機械の違いとか記憶とか都市とかリアリティと認識とかについての「哲学的な」セリフと膨大な引用が続くのだけれど、内容的には特に目新しいことは言っていない、というよりだいぶ聞き飽きたという印象のセリフの洪水である。
それを除いてしまうとストーリーそのものはごく単純で、ラストで明かされる秘密はちょっと呆気に取られるくらいオーソドックスである。
映像はさすがに凝っているし押井守監督の美学が隅々まで行き届いていて見ごたえがある。
ただそれも今観てびっくりするほどのレベルとは感じられなかった。
3DのCGと2Dのアニメーションの組み合わせもちょっと違和感があった。

もちろんこれは押井守作品というものにこちらが非常に高い期待を持って観た上でのことで、総合的なクォリティは高いと思う。
案外カンヌではいい線行くかもしれない。
それだけ日本のアニメーションのレベルというのは高くなっているということではある。

金色の首飾り

大学の同僚が出演するバレエの発表会に行った。
バス停につくとすでにバスが到着している。慌てて飛び乗った。
一息ついて振り返ると後ろのほうの座席で、抜けるように白い肌とひっつめにした金髪の美女が洋書を読んでいる。
ロシア系だろうか、彫刻的に美しい顔立ちは気品にあふれ、隙がない。
白い肌に濃紺のコートが映え、そこだけ空間が違っているかのようである。
首のまわりにには黄金色のリングが連なった首飾り。
リングといっても薄い金属の板に穴があいたもので、古代インカの装飾品を思わせた。

しかしその首飾りは遠い昔の滅びた帝国の装飾品より、もっと見慣れた何かに似ている気がした。
一度そう思うとそれは確かに僕がよく知っているもののように思える。
気になる。
さりげなく席に近寄り盗み見たが確信は得られなかった。
胸にもやもやしたものを抱えながら、つり革につかまっていると、彼女の後ろの席の二人連れがバスを降りた。
すかさずその席に移動して席につく直前、斜め後ろから彼女の白い首を取り巻いている黄金色の金属片に目をやった。
稲穂のレリーフが彫られていた。
5円玉だった。

15個くらい繋がっていたのでしめて75円くらいである。

脱稿

久しぶりに描いたマンガ作品が完成。
といっても今回は同人誌作品。
同人誌ということで商業誌だとあまりやれないようなことをやってみたつもり。
5月3日のコミティアで初売り。
通販もしますので、興味のある方は「おがわさとし雑貨店」の方もチェックしておいてください。
(まだ更新していませんが)

大駱駝艦

吹田まで大駱駝艦「海印の馬」を観に行く。
麿赤兒率いる舞踏集団の舞台。
この手の白塗り系は敬遠していた嫌いがあるのだけど、去年三上賀代さんの舞台を観た辺りから興味を持ち始めて、今回大駱駝艦初体験である。
全部面白かったとは言わないが、猥雑で土俗的な幻想世界が新鮮だった。
麿赤兒さんは映画にもよく出ているので顔はよく知っていたのだけれど、(というか一度見たら忘れられない顔だけど)踊っているのを見るのは初めてで、なんというか舞台に出てくるだけで圧倒的な存在感がある。
若林淳さんという若い踊り手も大変美しかった。
また機会があれば観に行こうと思う。

ささやかな幸福

74分44秒のCDを74分のMDにダビングした。
テープだとそれくらいの時間の余裕があるけど、MDはデジタルだから時間きっちりかなあ、と思いながらどきどきしながら入れてみたらちゃんと全部入った。
ちょっと得した気分。

坂口尚さん

一回生の初授業。
実技の授業なのだが、一回生の授業では最近の学生にはあまり知られていないマンガ家をなるべく紹介することにしている。
で、一回目は4年連続で坂口尚さんを紹介。
今年の一回生で坂口尚さんを読んだことのある学生はいなかった。
亡くなったのが1995年だから知らなくて当然なのかもしれない。
しかしマンガ学科に入学してきた以上、この人の名前は覚えてほしい。
そしてその豊穣な作品世界に触れてほしい。
そう思って毎年、僕は一回生の初授業には坂口尚さんの作品を抱えて臨むのだ。

初授業

今年度初授業。
今日は4回生。
今年は卒業制作に取り組む。
いやしかしこいつらがもう卒業年度なんだなあと感無量。
僕が非常勤として最初に教えに来た年に一回生だった連中なのである。
去年3回生だった年に手を抜いた分(すまん)今年はちゃんと見ようと思う。
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