山川直人さんの本

最近エンターブレインから出た山川直人さんの「コーヒーもう一杯」と「口笛小曲集」を読む。
心が弱っているときに読む山川さんの漫画は優しい。
もう少し丁寧に生きようという気持ちになる。
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後期初授業

え?と思われる人もいるかもしれないがうちの大学は今日が後期初授業である。
つまり昨日までは夏休みだったのである。
夏休み中にはあれもやろうこれもやろうと思っていたのだが何一つ果たせなかった。
宿題しないで初登校した生徒の心境である。
で、初日いきなりポカしたりなんだりで慌しく過ごす。
疲れたよ。
初日からこんなで大丈夫か、自分。

クールベとタイムマシン

今日もはしご。

まず大丸でやっている「クールベ展」。
クールベというと「世界の起源」というなんというかすごい絵があって、あれが念頭にあると、クールベがよくとりあげる滝とか水源とかのモチーフがどうしてもエロティックなメタファーに見えてしまうのだけど、それってやはり邪道なのだろうか。
クールベ本人はたいそうもてた人だったらしいです。

クールベの弟子たちの絵は大急ぎで見て、京都シネマでやっている「サマー・タイムマシン・ブルース」に。
オリジナルは劇団<a href="http://www.europe-kikaku.com/" target="_blank">ヨーロッパ企画</a>の舞台。
舞台版はむちゃくちゃ面白くて、脚本家兼演出家の上田誠さんは本当に才能があるなあと感心した。
舞台版はとある大学のSF研の部室が舞台で、場面転換なしの作品。
それが映画になるとどうなるか、期待半分不安半分で観にいった。
監督は「踊る捜査線」の本広克行氏。
舞台版の密度には及ばないが、映画版は映画版で気持ちのいい作品に仕上がっていた。
舞台版にはない町の描写がいい味になっている。
細かい遊びも随所にあって飽きさせない。
でも映画版を観た人にはぜひ舞台版も観てほしい。
DVDも出ています。
何を書いてもネタばれになるので詳しく書けないけど、本当に面白いから。

と書いてからヨーロッパ企画のホームページ見たらDVD品切れ中とのこと。
再版希望。

イスラエルのもののけダンス

びわこホールでインバル・ピント・カンパニーの舞台「ブービーズ」を観る。
インバル・ピント・カンパニーはイスラエルのダンス・カンパニー。
例によってぴあの情報だけでほとんど予備知識もなしに観に行く。
子供が音程をはずしながら歌う「Over The Rainbow」で幕が開き、赤い照明に照らされた舞台に大きな丸い月。
そこになにやら怪しげな生き物が現れる。
ダンサーたちは小鬼とか地霊とか半人半獣のイメージ。
もののけ達の饗宴じみた不思議なパフォーマンス。
ほの暗い悪夢めいた光景だがどこかユーモラスでもある。
終わりはあっさりしていてちょっと物足りなかった。

昼の公演だったので舞台が終わったあとしばらく実駒と琵琶湖を眺めた。
もう肌寒い風。

超時空幻想 IN 大阪(その2)

デ・キリコ、恐竜の次に見に行ったのは本日のメインイベント、シルク・ドゥ・ソレイユの「アレグリア2」である。
話題のスーパーサーカスだが、そもそもサーカスというものを生で観たことがなかったのだ。
会場はちゃんとテント風になっている。
やはりサーカスといえばテントだ。

CGでどんな突飛なアクションも可能になった今でも、生で観るサーカスは新鮮な驚きだ。
CGと違うのは、そこには常に「失敗する可能性」があるということだ。
ほんのちょっとバランスを崩しただけでも綱から落ちるかもしれない、空中ブランコから落ちるかもしれない、火のついたバトンを落とすかもしれない。
むしろ観客の目には成功することが奇跡に思える人間離れした芸当なのである。
それを、失敗できないというプレッシャーの下、精神を究極的に集中して見事に成功させる。
だからこそ観客は手に汗握り思わず感嘆の声をあげるのだ。

そしてシルク・ドゥ・ソレイユの舞台の特徴は演技、衣装、照明、音楽が一体となった幻想性にある。
シェークスピアの「真夏の夜の夢」の妖精たちの森に迷いこんだかのような感覚。
なるほどこれはやみつきになるのが分かる。

超時空幻想 IN 大阪(その1)

大阪でイベント3件はしご。

まずは梅田大丸でやっている「デ・キリコ展」。
ジョルジョ・デ・キリコの絵を生で見るのは実は初めて。
制作年代を見るとえらく新しい。
1970年前後の作品がほとんど。
1888年生まれのデ・キリコにとっては晩年の作品になる。
しかし画風は見慣れたデ・キリコの画風。
アーチのある街、電球みたいな頭の人物、三角定規を組み合わせたような幾何学形。
この時代はデ・キリコにとって「新形而上絵画」の時代ということになるそうだ。
古典的写実絵画の時代を経て初期のモチーフに回帰したということらしい。
(古典的写実絵画時代の作品も何点か出品されている。)
デ・キリコというとシュールレアリスムの画家だと思っていたのだけど、シュールレアリスムに先んじて形而上絵画を生み出し、シュールレアリストとは早くに袂を分かっていたよう。
ともあれ巨匠デ・キリコのいつとも知れぬ不思議な世界に触れられてたいへん楽しかった。

それから南港に出て「ジュラ紀大恐竜展」。
タイトル通り中国四川省で発掘されたジュラ紀の恐竜がメイン。
「ジュラシック・パーク」は「ジュラシック」とついているけどティラノもヴェロキラプトルもトリケラトプスもガリミムスも実は白亜紀の恐竜である。
白亜紀の恐竜は華麗で洗練されていて機敏な感じだ。
それに対してジュラ紀の恐竜というと無骨でいかにも爬虫類的な感じである。
そこが味でもある。
今回の展示でもプリミティブな魅力のある化石が多数展示されていて見ごたえがあった。
でも図録見たら、横浜会場では20メートルを超えるオメイサウルスとマメンチサウルスの全身骨格も展示されたんだって。
ずるいや。

B’z千秋楽

B'zのツアー「CIRCLE OF ROCK」千秋楽に行く。
今年3回目のB'zライブ。
ちなみに実駒は僕より10回くらい多く行っている。
場所は大阪ドーム。
はじめて入った。
みんなこんな高いところから野球とか観るのか。
千秋楽とあって会場はたいへん盛り上がる。
だいぶ雰囲気にも慣れたので余裕を持って楽しむ。
でも最後まで手を振り上げるのはできませんでした。
次は挑戦してみようかと思います。

日常茶飯事展打ち上げ

日常茶飯事展二日目。
昼過ぎに会場に行ってそのまままったりと過ごす。
夜は打ち上げ。
場所はいつもの居酒屋K。
ここは注文してから届くまでがとても長い。
最初の乾杯でまず待たされる。
それからあとも注文した料理はぽつりぽつりと思い出したように出てくる。
待たされた勢いでみんなあっという間に平らげ、また次を待つ。
そうこうしておなかもたいがいふくれてきた頃になって、忘れていたロコモコとかオム飯とかが届く。
もったいないから可能な限り食べる。
美容にはよくない。

日常茶飯事展

高校のクラブのOB展「日常茶飯事展」が始まる。
内輪の同窓会的なグループ展なのだけど、20年以上は続いているのだ。
今年は2年上の先輩から24年下の後輩まで出品。
僕は早川書房から出た「最後の宝」という本の表紙、中イラストほか数点出品する。
中華料理屋の二階のギャラリーはいつも通り常連たちのたまり場に。
このぬるい感覚がなかなか楽しいのである。

死者と花火

名古屋で観そびれた「ランド・オブ・ザ・デッド」を観る。
膝を正して観た。
なにしろジョージ・A・ロメロの新作である。
本家本元ゾンビである。
怖さでいったらザック・スナイダーの「ドーン・オブ・ザ・デッド」の方が怖いかもしれない。
しかしなぜかこの映画を観た後、僕はしばらく震えが治まらなかった。

「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」以来、ジョージ・A・ロメロが描いてきたゾンビは「状況としてのモンスター」である。
ゾンビはゾンビという状況としてあり、その状況下で人間がどう振舞うかをロメロは描いてきた。
今回もそのスタンスは変わらない。
むしろ今まで以上に生きている人間の側を描くことに比重が置かれている。
ゾンビが世界を被い尽くしている末期的状況の中で、回りを川に囲まれた小島の中に人間社会が奇跡的に維持されている。
その中に階級があり勝ち組と負け組がいて、勝ち組も負け組もそれぞれに退廃している。
その世界での群像劇としてこの映画はある。
前作の「死霊のえじき」からゾンビと人間の差異は曖昧になっていくのだが、この映画ではゾンビはさらに人間化し、群像劇の一員として活躍する。

ロメロはその混沌とした状況を描きながら、それでもなお理想というものはあり、希望というものもあるのだということを描こうとしている。
状況は絶望的であり、人間はどうしようもなく愚かだ。
しかしあきらめることはない。
こんなことは人間の歴史の中では繰り返されてきたことだ。
その楽天性がこの映画を貫いている。
映画は空に打ち上げられた花火とともに終わる。
絶望はしない。
ある解放の神学の司祭が言っていたこんな言葉を思い出した。
「腰まで泥に漬かりながらそれでも世界は美しいと言える者にのみ、美について語ることを許そう。」
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