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アメコミ映画二本立て(その1)

X-MEN ファイナルディシジョン」と「スーパーマン リターンズ」をはしごする。

「X-MEN」の方は実は評判のいい2作目を観ていない。
この間テレビでやってたのに見逃した。
「ファイナルディシジョン」は監督が変わっての第3作目でたぶん完結編。
アクションは派手で超能力合戦は見ごたえ十分。
ただ脚本は練りきれていない感じがした。
落としどころというか、着地点が今ひとつすっきりしない。
主要な登場人物がすごくあっさりと殺されてしまうのも気になった。
登場人物が多いのでまとめるのに苦労したのは分かるけど。
個人的にはミスティークが一番好きだったのだけど、今回は前半だけの出演で途中で普通の人間になってしまう。
まあそのシーンもエロティックで悪くないのだけど、やっぱり最後まであのメイクで出てほしかったような。
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アメコミ映画二本立て(その2)

その「X-MEN」の第1作目と第2作目を撮ったブライアン・シンガー監督が、最終作をあきらめてまで撮ったのが「スーパーマン リターンズ」。
基本的にリチャード・ドナーが演出した1978年の「スーパーマン」と1981年の「スーパーマン2/冒険編」をベースにしている。
ジョン・ウィリアムズのテーマ曲を使うことと、ジョー・エル役のマーロン・ブランドの映像を使うことが監督を引き受けるときの条件だったそう。
オープニングのタイトルやスタッフ名に使われているヒューンていう効果(上手く説明できない)も旧作通り。
オリジナルをリアルタイムで観ている世代としては大変懐かしい。
監督がすごく楽しんで作っているのがわかる。
スーパーマンはありえないくらいスーパーでクライマックスなんかありえなさ過ぎ。
まあリチャード・ドナーの「スーパーマン」のラストも反則ぎりぎり(ていうかアウト)のありえなさだったんだけど。
リチャード・ドナーの陽気さに比べると、ブライアン・シンガーの「スーパーマン」はやや暗めだけど、僕はたいへん楽しんだ。

ところでデイリー・プラネットのペリー編集長役をやっている人、どっかで見たことあるような気がしたんだけどパンフを見るまで分からなかった。
なんとフランク・ランジェラだ。
リチャード・ドナー版「スーパーマン」の翌年、1979年に公開されたジョン・バダム版「ドラキュラ」でドラキュラ伯爵役をやった人。
分かってたらもっとちゃんと見るんだった。
ジョン・バダム版「ドラキュラ」は今では忘れられた映画になってしまっていて、DVDも出ていないみたいだけど、僕は大好きだ。
なんか年寄りの感慨みたいだが、非常に懐かしいものを観た、という気持ち。

グエムル

Y氏と韓国映画「グエムル 漢江の怪物」を観にいく。
ありそうでなかったモンスター映画。
この映画はモンスターが出てこなくても、一癖あるホーム・コメディとして十分成り立つように作ってある。
父親の売店の手伝いをしているだめ息子。
中学生の娘が一人いるが、母親には逃げられた。
アーチェリーの選手で銅メダルと取った優秀な妹と大学を出だけど仕事が見つからない弟がいる。
その普通の韓国風ホームドラマに唐突にモンスターが出てくる。
魚類とも両生類とも爬虫類ともつかない全長7、8メートルという中途半端な大きさの怪物だ。
その物語世界にいるはずのないものが出てくるので先が読めない。
タッチとしてはコメディ色が強いのに怖い。
面白かった。
監督は「エイリアン」とか「ミミック」に影響を受けたと言っているけど、「ミミック」よりは100倍くらい面白いと思う。
Y氏はビル破壊がないと怪獣映画ではないと言ってたけどね。
これは怪獣映画ではなく怪物映画なんだそう。
なるほど。

少し前の日本の映画

祇園会館で「初恋」と「ALWAYS 三丁目の夕日」の二本立てを観る。
「初恋」は1968年の三億円事件をモチーフにした作品。
宮崎あおいがバイクで疾走するシーンがとてもよい。
主要な舞台の一つに「B」というジャズ喫茶が出てくる。
僕が学生だった頃にはかろうじてまだジャズ喫茶というものが残っていた。
しかしこの映画の頃のジャズ喫茶というのは一種独特のトポスだったようだ。
このころの映画やマンガを見ても、今の「喫茶店」とは全く違う濃密で退廃的な場として描かれている。
この映画は三億円事件の実行犯が女子高生だという奇抜な設定だが、基本的にはとてもストイックな恋愛映画だ。
ところで亮役の宮崎将って宮崎あおいの実兄なんだな。
美形の家系だ。
遺伝子ってすごいな。
個人的には60年代後半の風俗とかをもっとねちっこく描いてほしかったと言う気がするが、監督の意図はそこにはなかったようだ。
ちなみに監督は1965年生まれ。

「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代設定は1958年。
こちらはとにかく1958年の東京を再現するべく驚異的な努力が払われている。
どこまでがセットでどこまでが実際の風景でどこまでがミニチュアでどこまでがCGなのか、見ていてもさっぱり分からない。
よくここまで作りこんだものだと感心した。
カメラワークも凝っている。
非常にデジタルな映画なのに手触りはアナログ感があふれていていい。
登場人物も適所適材で生き生きとしている。
何回か泣いた。
監督は1964年生まれ。

この夏はなぜか忙しくてあまり映画が観られなかった。
来週から僕の担当授業が始まるので、今週末は映画三昧な日々を送る予定。

京都ヘンナニジイロ祭

16日から3日間、京大西部講堂で「京都ヘンナニジイロ祭」というのをやっていた。
いろいろなセクシュアリティーを持った人々の、映画上映を中心にしたお祭。
16、17日は仕事などで来れなかったので最終日の今日だけ参加。
今日も時間がなくて「ボクらの戦争」というプログラムだけ観る。
イスラエルの映画二本。
短編「ボクの戦争」とドキュメンタリー映画「ガーデン」。
「ボクの戦争」は入植地のイスラエル人の子供たちが、パレスチナ人居住区との境界の塀に登り「アラブ人に死を!」などと叫ぶ一種の肝試しがあって、それを強要される少年を描いた作品。
戦争と「男らしさ」の関係を浮き彫りにする映画。
「ガーデン」はイスラエルで売春をするイスラエル人とパレスチナ人の少年の日常を描いている。

その上映の後、代表の<a href="http://barairo.net/" target="_blank">ひびのまことさん</a>のレクチャーがあって、それも面白かった。
イスラエルのゲイプライドパレードで、多くの人々が多様なセクシュアリティーを現すレインボーフラッグとイスラエルの国旗を掲げてパレードをしている中、黒尽くめの衣装でパレードに参加している人たちがいる。
「ブラック・ランドリー」という団体で、「No pride in the occupation」と書かれた黒い三角のプラカードを掲げ、占領が行われている今は虹色に着飾るときではない、レズビアンとゲイは戦争に反対する、と主張する。
あらゆる抑圧はつながっているという立場の人たちだ。
セクシュアル・マイノリティーへの抑圧もパレスチナ人に対する抑圧も根っこは一緒だと考えて活動している。
僕はイスラエルという国についてほとんど知識がないのだけれど、こういう人たちがイスラエルにいるということは興味深かった。

京都ヘンナニジイロ祭は今回が第一回だけれど、毎年続いて盛り上がっていくといいなと思った。

画材

カラーイラストの仕事が入ったので、足りない画材を買いにいった。
絵の具買うのは久しぶり。
絵の具がずらっと並んでるのを見るだけでなんか楽しいね。
もっともカラーと言っても今回のは赤と青の二色刷りという変わった注文で、買った絵の具も基本的に赤系と青系。
これがなかなか難しくて、悪戦苦闘中。

9月

9月になってしまった。
びっくりだ。
しかもちゃんと気温まで下がっている。
夏も終わりなのである。
僕は寒いのが苦手なので、気温が下がってくるとそれだけで憂鬱だ。
涼しくなったなんて喜んでいられるのはちょっとの間で、すぐ冬が来るのだ。
いやだなあ。
大学の夏休みは長いので、まだしばらく休みが続くのだけど、せめて残された日々は有効に使いたい。

8月の日記、3回しか書いていない。
毎度見に来られている方には申し訳ない。
もう少しまめに更新するよう心がけます。
大した中身ではないと思うけど。
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