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Trick or treat.

今日はハロウィン(の前日だけど、正確には)なので、教室にはお菓子が飛び交っていた。
学生が飴とかクッキーとかくれた。
総合研究室(講師と実習アシスタントのたまり場)にも甘いものがたくさん集まっていて、だいぶ糖分取りすぎた。
この間夏服のスーツのズボンが入らなくて反省したばかりなのにな。
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祭前

大学祭が11月1日から始まるのだが、すでにキャンパスはかなり祭ムードである。
阿波踊りをやるグループがあるのだけど、放課後遅くまで練習をやっていて賑やかだ。
すでに大学のあちこちに模擬店が立ち並びつつあり、祭の中で授業をしている感じである。
学祭については巨大コンパだと言う批判もあるけど、個人的には巨大コンパでもいいじゃないか、と思う。
祭を支えている実行委員たちがいかに懸命に祭を作り上げているかは機会があって身近に見てきた。
むちゃもやる連中だが、みんなが楽しむために一生懸命がんばっている。
応援したいし、いっしょに祭を楽しみたいと思う。

映画5本

昨日はレイトショーだった「ロンドン・コーリング ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー」を皮切りに、
ファンタスティック・ハロウィンと題した企画で「不思議惑星キン・ザ・ザ」「ギャラクシー・クエスト」
「ラン・ローラ・ラン」「時をかける少女」を観た。

「ロンドン・コーリング」はジョー・ストラマー自身の映像に加え、
多くの関係者の証言を交えて、ジョー・ストラマーの半生を描いたドキュメンタリー。
クラッシュが結成された70年代半ばの雰囲気がよく伝わってくるし、
クラッシュ解散後のジョー・ストラマーを描いた部分も興味深い。

オールナイトの方は、最初の2本が、自分の意志と関係なく宇宙に連れて行かれる話で、
後半2本は運命を変える少女の話、ということらしい。
言われてみればそうだな。
実はこのオールナイトの方は、「ギャラクシー・クエスト」以外はみんな観ている。
しかも複数回。
何度観てもいい大好きな映画。
キン・ザ・ザなんて何回観たか覚えていない。
名作中の名作。
初めて観る「ギャラクシー・クエスト」も面白かった。
スタトレのパロディーだけどよく出来ている。
ちょっとほろっとさせられるところもある。
オタクに対するシンパシーが強く感じられる。
「ラン・ローラ・ラン」も「時をかける少女(アニメ版)」も言わずもがなの面白さ。
朝7時過ぎまでの上映だったけど、気持ちよく映画館を後にした。

オールナイト

これからオールナイトで映画5本観てくる予定。
今日はそのために体力温存、というか単にだらだらしてました。
映画の話はまた明日に。

グレンラガン

「天元突破グレンラガン」の再放送をやっていることを友人のブログで知り、たまたま今日が放送日だったので観てみる。
第4話だったので設定がさっぱり分からないのだが、なんか熱いアニメだ。
近所のレンタル店にDVDが置いてあるので、それまでのところはそっちで観て、いちおうしばらく視聴してみることにする。
たまっているアニメもだいぶあるんで続けて観るかどうかは分からないけど。

画狂人

高島屋でやっている「葛飾北斎展」に行く。
最近浮世絵がマイブーム(って言わないの?今は)なのでタイムリーな展覧会だった。
葛飾北斎は90歳と言う、当時としてはかなり長い人生をひたすら絵に捧げた人である。
代表作といわれる「富嶽三十六景」は北斎70歳代の作品だ。
晩年に至るまで役者絵、美人画、風景画、静物画、春画、戯画、その他ありとあらゆるテーマで絵を描いた。
僕の中では北斎と手塚治虫とパブロ・ピカソは同じカテゴリーにある。
一生涯パワフルに作品を描き続け、画風をどんどん変えていった。
巨人である。
絵を描かなければ生きていけなかった。
絵を愛するより絵に愛された人だった。
僕は絵を描けなくても生きていけるなあ、と思うとちとさびしい。

パンズ・ラビリンス

社会派ミステリーや社会派SFは聞くが、社会派ファンタジーと言う言葉は耳慣れない。
それはたぶん社会派のリアリティーとファンタジーのリアリティーの位相が違うからだと思う。
ファンタジーのリアリティーは心的リアリティーだ。
それが心の中でいかにリアルに体験されるか、ということが問題で、それは物質的リアリティーとは異なるものだ。
その世界では妖精が飛び魔法が行われることはリアルなのだ。
あるいはそれがリアルであるように構築されたものがファンタジーの空間であるとも言える。
それに対し社会派のリアリティーは物質的リアリティーに基礎を置く。
そこでは魔法は存在しない。

「パンズ・ラビリンス」は不思議な映画だ。
スペイン内戦が反乱軍側の勝利に終わり、フランコ独裁政権に対しレジスタンスが抵抗を続けていた時代が舞台。
主人公のオフェリアは一方ではフランコ軍の大尉の義理の娘で、義父からは疎まれている。
母親はもうすぐ男の子を出産する予定だ。
彼女が心を許している女中メルセデスはレジスタンスのスパイである。
その世界のオフェリアは社会派的リアリティーの支配の下にある。
そこでは物質的、肉体的、社会的リアリティーが絶対的な力を持っている。
もう一方で彼女は地下の王国の王女である。
牧神パンが与えた三つの試練を乗り越えれば魔法の国に戻ることが出来る。
こちらの設定を支えているのは心的リアリティーであり、物質的リアリティーはそこでは意味を持たない。

この映画はその二つの世界を並行して描いていく。
どちらに軸足を置くでもなく、交じり合わないはずの二つの物語が進行していく。
この映画の身体的リアリティーは凄まじい。
これだけ観ていて「痛い」映画はあまりない。
監督のギレルモ・デル・トロは特殊メイクアップのディック・スミスの弟子だそうで、その肉体表現は物質的リアリティーに満ちていて、とにかく痛そうだ。
過酷な現実が容赦なく描かれる裏で、主人公はファンタジー的リアリティーの下にあるイニシエーションに立ち向かっていく。

結局この映画は社会派映画なのだろうか、それともファンタジー映画なのだろうか。
僕はファンタジー映画だったのだと思う。
過酷な現実を受け入れつつ、魂のリアリティーを信じる力強さがこの映画の肝だと思う。
監督の他の作品をほとんど観ていないのだが、俄然興味が沸いてきた。
(「ミミック」だけ観てるけど、これにはあんまり感心しなかった記憶あり。)

続・夕陽のガンマン

楽天から借りた「続・夕陽のガンマン」を観る。
実はこれ観るの初めて。
「続」とついているけど、「夕陽のガンマン」とは全然関係ない。
南北戦争下のアメリカで20万ドルの金貨をめぐって男たちが争う、けっこうお金かかってそうな映画。
監督のセルジオ・レオーネは、金のために殺しあう悪党たちにはシンパシーを持っているのだが、戦争については突き放している。
群れるのが嫌いな人なのだろう。
気骨が感じられていい。

足穂

T宮先生、S村先生、I見先生とお食事。
T宮先生からBL黎明期の貴重なお話をお聞きする。
最初に稲垣足穂の「少年愛の美学」があったという話を聞いていい話だと思う。
もっともT宮先生によるとBLはもう少し下の世代から始まったものだとのこと。
これ以上はここでは書けない。

ETV特集

昨日録画したETV特集「21世紀を夢見た日々 日本のSF50年」を見る。
主に日本SF黎明期、第一世代の作家の奮闘振りを貴重な映像や証言を交え描いている。
興味深く見た。
なんか知っている時代が歴史の一部になっているのは不思議なものだな。
今の大学生とかから見たら大昔の話みたいに思うんじゃないだろうか。
実際思っている以上に時代は変わったのだろう。
ところでこの番組は第一世代の話からアニメなどの映像文化に話が流れ、現代のオタクカルチャーの話につなげている。
現代SF小説の話は「涼宮ハルヒ」くらいしか出てこない。
現代のSF小説の書き手は不遇だなあ。
僕もあまりちゃんと読んでないので、人のこと言えませんが。
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