熊本

26、27日と仕事で熊本に行ってきた。
26日は地元の高校の先生と情報交換会。
熊本では今幼稚園から大学までの美術に関わる先生が一緒に美術教育を考える場を持っているそうである。
感心した。
幼児教育から高等教育まで一貫した美術教育が行われれば確かにそれは素晴らしいことだろう。
また、異なる年齢層を対象にした美術教員が意見を交換し合うことで、それぞれの領域にとっても刺激になると思われる。
面白い試みだ。
27日は入試説明会。
いくつかの美術系大学がブースを構えての入試説明会だが、果たして熊本の高校生が京都の大学に興味を持ってくれるものだろうかと心配していたのだが、杞憂だった。
かなりの数の高校生がブースに足を運んでくれた。
1、2年生もけっこういた。

個人的にも熊本は初めてだったので楽しかった。
路面電車がなかなか風情がある。
次は仕事抜きで行きたい。
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またさぼってしまった

またしばらく更新をさぼってしまった。
その間に映画は「チョコレート・ファイター」と「重力ピエロ」と「沈黙を破る」を観て、今日は「ラスト・ブラッド」を観てきた。
あと筋肉少女帯のライブに行ってきた。
読んだ本では池上永一さんの「風車祭」が面白かった。
アニメの「シャングリ・ラ」で池上さんに興味を持って読んでみたのだ。
今プチ沖縄ブーム。
映画の感想はまた気が向いたら書きます。
「沈黙を破る」はパレスチナ問題に関心のある人は必見。

なんか放置している間に掲示板がえらいことになってるけど、近日中に何とかします。
レスも放置していて申し訳ない。
すごく忙しかったわけでもないんだけどね。

スター・トレック

「スター・トレック」を観にいく。
「宇宙大作戦」世代の人間にとって、これは楽しい。
カーク、スポック、マッコイ、ウフーラ、スールー、チェコフ、スコットというUSSエンタープライズのクルーたちの若き日が、一人一人思い入れたっぷりに描かれる。
全員見せ場を用意されていて、抜かりがない。
ちょっとしたセリフににやりとさせられる。
そういう点では上手い脚本だ。
でも良くも悪くもキャラクター映画なのである。
ストーリー的には、あるいはSF的には、かなり雑、というか乱暴。
メインのアイディアは幼稚ですらある。
とはいえテンポよく次から次へと事件が起きて飽きさせないし、映像的にも見応えがある。
で、最後に「あれ」やられちゃったら満足しちゃうよね。
シリーズ化する気満々だと思うんだけど、次も観ると思います。
とはいえウィノナ。
まさかあんな役だなんて…
ショック。

デイヴィッド・キャラダイン

デイヴィッド・キャラダインの訃報に接する。
「キル・ビル」のビル、というのが一番通りがよいだろうけど、僕にとっては「サンダウン」のドラキュラ伯爵。
父親のジョン・キャラダインもドラキュラ役者だったので、二代続けてドラキュラを演じたことになる。
「サンダウン」はコッポラの「ドラキュラ」の前年に公開されたコメディタッチのウェスタン・ホラー。
ラストでドラキュラが救済されるところが「サンダウン」とコッポラ版「ドラキュラ」は共通している。
でも「サンダウン」の方が先だし、「サンダウン」の方が面白かった。
今はDVDも出てないんだなあ。
もう一回観たいな。
ご冥福をお祈りします。

ピカソとクレーの生きた時代

兵庫県立美術館に「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代展」という長いタイトルの展覧会を見にいく。
会期は長かったのにいつも終りぎりぎりになる。
キュビズム、フォービズム、表現主義、シュルレアリスム、抽象主義など様々な新しい絵画が生まれた20世紀初頭。
西洋絵画史の中でも一番面白かった時代の一つだろう。
ピカソは6点と少な目ながらも代表作の「ひじかけ椅子に座る女」などがあってさすがの貫禄。
クレーはかなりの枚数があった。
「リズミカルな森のラクダ」のユーモラスな造形と深い色彩。
その二人以外では、シュルレアリスムの画家たちのが面白かった。
エルンスト、マグリット、イヴ・タンギー。
やっぱりこの辺は好きだ。
ミロは一枚きりだったけどよかった。
会場の最後はカンディンスキー。
3枚並んでいたんだけど、その色彩の鮮烈さは際立っていた。

神戸は久しぶりだけど、京都とはまた違った未来都市的かっこよさがあって新鮮だ。
たいてい美術館に来るのだけど、一度そういうの抜きで歩いてみてもいいなと思った。

ミルク

「ミルク」を観る。
ドキュメンタリー映画「ハーヴェイ・ミルク」を先に観ていたので、だいたいのストーリーは分かっていたのだが、かえって面白く観れた。
プライベートな部分はこの映画の方が詳しく描かれている。
ごく普通の40歳の保険屋だったミルクが恋人との出会いで変わっていく。
40すぎても人は変われるんだ、というのがこの映画の中年向けメッセージの一つ。
そこに共感した人は青野春秋さんの「俺はまだ本気出してないだけ」もぜひ。
40すぎても人は変われるのである。
それにしてもアメリカのキリスト教保守派のゲイ嫌いはえげつないな。
僕はキリスト教について全く無知なんだけど、キリスト教って寛容を説いてるんじゃなかったっけ。
自信たっぷりにゲイを見下すあの人たちは本当に怖い。
アニタ・ブライアントというゲイ差別禁止条例撤廃を推進するもと全米美人コンテストの優勝者が出てくるんだけど、他の人はだいたい役者が演じているのに、この人だけは本人の記録映像のみでの出演。
この人見てると自分が正義だと信じて他人を断罪する人の恐ろしさがひしひし伝わってきます。
美人なだけになおさら怖い。
やだやだ。
寛容さを失った世界は怖い。
そうならないためにはやはり一人ずつが勇気を持って声を上げていくことが必要なんだと、陳腐かもしれないけど思った。

スラムドッグ$ミリオネア

ネタバレかも。


パンフレットに「世界が選んだ今年"最高"の一本!!」とある。
アカデミー賞8部門受賞は確かに快挙だし、それ以外にもこの映画は多くの賞を受賞している。
でもこの映画はある意味でベタベタなサクセスストーリーだしけっこうご都合主義だし、アメリカ受けはするだろうけど、「世界」で受けるかどうかはまた別問題だろう。
実際この映画が受賞した賞のほとんどはアメリカと本国イギリスの賞だ。
アカデミー賞が世界だと思うのは日本人の悪い癖である。
のっけから難癖をつけたが、面白くなかったわけではないのだ。
インドの貧困や宗教対立といった現実を描きつつ、基本的に能天気なこの映画を僕は嫌いではない。
冒頭「彼はなぜミリオネアになれたのか?」という質問が出て、それに
A/インチキだった
B/ついていた
C/天才だった
D/運命だった
という4択がつく。
そして映画の結末に、D/運命だった、が正解と出る。
で、この「運命だった」と訳された文は原文では"It is written."である。
僕の英語力ではこれを「運命だった」と訳す根拠がいまいち分からないが、素直に読めば「お話だ」とも読める。
実際この映画はよく出来た「お話」で、それはそれで映画としてはいいんじゃないか。
ラストは出来すぎだけど、ああじゃなきゃ納得できなかったんじゃないかな。
愛もお金も、という大変ハッピーなラスト。
嫌いじゃない。
少なくともその都合のいいラストを、ああよかった、と実感させる緊張感をこの映画は保っている。
映像も音楽も役者もいい。
気持ちよく映画館を出られた一本。
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