事の顛末(その3)

最初に外に出た時、鍵はかかっていた。
念のために確認すると勝手口の鍵もかかっていた。
鍵は僕と実駒が一つずつ持っていて、その二つが二つとも家の中にある。
密室?
密室家出?
混乱した。
しかし冷静に考え直すと答は一つしかなかった。
実駒は家の中にいる。

慌てて風呂場に向かった。
風呂場の中は見たのだが、バスタブのふたまでは開けて見なかった。
そこで冷たくなっている実駒の姿がまぶたに浮かび、肝が冷えた。
しかし幸いバスタブの中はからっぽだった。
他の部屋もあらためて調べ、いるはずもないクローゼットの中までのぞいた。
残っている場所は一箇所だけだった。
天井裏だ。

うちの二階の天井は高い。
そこに扉がついていて、先がかぎ状になっている棒で開けるようになっている。
折りたたみ式の階段がついていて、それを延ばして天井裏に行ける仕掛けだ。
しかしその棒が見当たらない。
ベンチを下に持ってきたが、手が届かない。
ベンチの上にもう一つ椅子を置いて取っ手に指をかけ、扉を開いた。
階段を延ばして上を見ると、天井裏に段ボールのバリケードのようなものが作ってある。
なんだこれは?と思いながら階段を上り、段ボールをどけた。
暗闇から、なーにー?、と寝ぼけた声が聞こえた。

脱力した。
あまりのことに怒る気もしなかった。
僕が不安に苛まれているその真上で実駒はのん気にグーグー寝ていたのだった。
僕は静かに下に降り、警察とT君、Aちゃん、連絡を取った知人たちに電話した。

結局、実駒は喧嘩して腹を立てて天井裏に篭城することにしたのだった。
ホットカーペットや食料まで持ち込んでいた。
枕もとのモデルガンは発見された時に僕を威嚇するために持って上がろうとして、置き忘れたものだった。
上から階段を引き上げるのはかなり難しかったそうだ。
上でがたがた音が聞こえたのはそれだった。

実駒は僕に発見された後も天井裏で昏々と眠り続け、まる二日寝た後何事もなかったかのように降りてきた。
全く人騒がせにもほどがある。
しかし天井裏にいた、と言ったときの友人たちの反応は、概ね

実駒さんらしいですね

というものだった。
僕もそう思う。

ということで、ご迷惑をおかけしたみなさま、本当に申し訳ありませんでした。
本人も少しは反省しているようです。
これからも暖かく見守ってください。
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事の顛末(その2)

薬の量は致死量ではなかった。
しかし人気のないところであの量の誘眠剤を飲めばそのまま凍死することはありうる。
ただでも実駒は二日ほど寝ていないのだ。
そして実駒にはそういうことをしでかしかねない前科もあった。
慌てて早朝にもかかわらず隣のT家のベルを押した。
どうしました?と応えるT君に、みーにゃ来てない?と尋ねる僕。
来ていないというので、みーにゃが睡眠薬を持って家を出た、と早口で告げた。

T君と奥さんのAちゃんは古くからの友人だ。
僕のことも実駒のこともよく知っている。
二人はすぐに事態を察して出てきてくれた。
雪は降っていたがまだ積もってはおらず、足跡は分からなかった。
とりあえず車を出してくれたのだが独力で探すのは限界がある。
事態は一刻を争うと思われ、僕は携帯で110番に電話した。
捜索願を出すよう言われて、僕はタクシーで下鴨署に向かい、T夫妻は実駒の写真を取りにいったん家に戻った。
下鴨署で捜索願を出している間にAちゃんが写真を持って来てくれた。
下鴨署では実駒の特徴や夫婦仲、家の経済状態などを聞かれた。
心当たりの場所を二箇所ほど上げ、すぐにそこを調べてもらうよう頼んだ。

その後僕は家に戻って、実駒が帰ってくるのを待った。
昼から大学だったが、とても仕事をする気になれず、急用で、と言って休ませてもらった。
何人か実駒が連絡を取りそうな相手に電話してみたが、誰も実駒から連絡を受けていなかった。
いくつか仕事でどうしてもかけなくてはならない電話をかけると他にすることがなかった。
それでも最初はしばらくすれば帰ってくるだろうとたかをくくっていた。
しかし夕方になっても実駒は帰ってこず、警察からの連絡もなかった。
最悪の事態を思い浮かべ、胃がきりきりと痛んだ。

置手紙の類はなかったが、念のためにもう一度部屋の中を見回った。
そこであるはずのないものを見つけた。
実駒の机に鍵が置いてあったのだ。

事の顛末(その1)

25日の夜、僕と実駒は些細なことから喧嘩した。
その原因は書くと長くなるので割愛するが、実駒は二日ほどまともに寝ていなくて、妙なテンションになっていた。
言い合いが嵩じて、それなら明日区役所で離婚届を取って来る!と啖呵を切った。
話を一方的に打ち切って、二階の居間から階下に降りた。
実駒は二階から段ボール箱をなだれのように投げ下ろした。
頭に来たが無視をして一階の書斎に閉じこもった。
しばらくすると上でがたがたしている音が聞こえたが、暴れているな、と思っただけで大して気にもとめなかった。

しばらく本を読んで、二階に上がった。
もう明け方近い時間だった。
電気は消えていて、実駒は布団の中で不貞寝しているようだった。
ふくらんだ布団から顔も出していなかった
なぜか枕元に猿を脅すためのモデルガンが置いてあった。
僕も寝ようと、寝る前に飲む薬の入った袋を開けた。
僕は寝る前に四種類の薬を飲む。
ところが袋の中には三種類しか入っていなかった。
なかったのは誘眠剤だった。
確かまだ6、7錠は残っているはずだった。
変だなと思いながらも、隣の布団に入って、はっと気がついた。
実駒が飲んだのか?
あれ全部?
急に不安になって、布団をめくった。
中には、実駒の姿はなく、別の布団が丸めて置いてあった。
こんなのテレビやマンガ以外では初めて見るなあ、と一瞬思ったが、そんなことに悠長に感心している場合ではないのだった。
慌てて家の中を探したが、実駒はどこにもいなかった。
実駒の携帯に電話すると、電源が入っていなかった。
鍵を開けて外に出た。
雪が降っていた。

彼女の消えた浜辺

京都シネマでイラン映画「彼女の消えた浜辺」を観る。
イラン、という国については、イスラム原理主義の問題とか核開発問題とかを漏れ聞く程度の知識しかなく、たぶんアッバス・キアロスタミの何本かの映画を観ていなければずいぶんきな臭いイメージで見ていたと思う。
しかしキアロスタミの描くイランもある一面に過ぎないことがこの映画を観るとよく分かる。
キアロスタミの描く貧しく素朴な人たちの映画とは違い、この映画のイランはとても現代的で都会的だ。
しかし即物的なイメージはなく、精神性の高い、ある種の象徴的なイメージに満ちた映画になっている。
以下ネタバレを含む。

主人公たちはテヘランの中流階級の人たちで、海辺にバカンスに来ている。
彼らはとても陽気で開放的だ。
女性たちはヘジャーブと言われる肌を露出しない服を着ているけれど、かと言って特に抑圧的に扱われている印象はない。
確かにある程度の性役割はあるが、日本のそれに比べて特に厳しい印象もない。
前半の部分に関しては、役者をそのまま西洋人に置き換えたらフランス映画かスペイン映画だと言われても違和感がないくらいだ。

子供の一人が海で溺れるところから一気に物語は緊張する。
子供は無事助かるが、子供を見ていたはずのエリという若い女性の姿が見えない。
そこから彼女の不在をめぐってサスペンスに満ちた群像劇が始まる。
女性の不在をめぐるサスペンスと言えばヒッチコックの「レベッカ」が思い浮かぶが、エリは物語後半には不在であることによって物語の中でミステリアスな存在になる。
その中から微妙な人間関係が浮かび上がってくる。
女性が置かれている状況についても、やはり西洋とは違う部分があることも分かってくる。
謎が少しずつ明かされていくが、物語が終わっても謎が完全に説き明かされることはない。
不思議な余韻を持って映画は終わる。

全体としてとても洗練された語り口の映画だ。
前半のエリが凧を揚げるシーンの開放感と、後半のサスペンスの対比。
エリと対比的に描かれるセピデーというもう一人の女性の複雑な感情の動き。
群像をつぶさに観察するカメラワーク。

監督のアスガー・ファルディーは本邦初公開ということだが、若手ながらイランでは評価の高い監督らしい。
ぜひ他の映画も観てみたいし、他のイラン映画も観てみたくなった。

ところで、前半でエリたちがジェスチャーゲームをするシーンがあるんだけど、エリのジェスチャーの解答が「みなしごハッチ」だった。
イランでも有名なのかな。

けっこう仮面 MASK OF KEKKOU

今日は友人の喜多哲士君の主催するたちよみの会新年会に行ってきた。
喜多君とは30年以上の付き合いになるんだけど、変ってませんな、お互い。

帰ってからDMMから届いていた「けっこう仮面 MASK OF KEKKOU」を観る。
2000年代に入ってからのけっこう仮面の映像化作品を全てDMMのウイッシュ・リストに入れたので、これから続々けっこう仮面シリーズが届く予定。
今日観たのは2003年の長嶺高文監督作品。
R15で、映倫指定が入っているけど、これ劇場公開されたのかなあ?

90年代にオリジナルビデオとして作られたけっこう仮面のしょぼさを知っているので、意外とちゃんと作ってあるなあ、という印象。
舞台はスパルタ学園ではなく、マングリフォンアナウンス学園というアナウンサー養成学校になっている。
スパルタ学園は中学校なので、いつも仕置き教師に仕置きを受ける高橋真弓は実は12歳か13歳という、今考えるとかなりあぶない設定だったんだけど、この作品では舞台が専門学校的な感じなので、いちおう18歳以上です、ということなのかもしれない。
学院長(鈴木ヒロミツ)がセリフの中で、前身のスパルタ学園はけっこう仮面によって滅びた、というようなことを言っている。
ちなみに学院長は仮面をかぶっていない。
夏綿けい子、高橋真弓などキャラクター名は原作を踏襲しているので、原作の後日譚というわけではないらしい。

肝心のアクションシーンだけど、けっこう仮面にはちゃんとスタントもいて(もちろん全裸)、それなりにがんばっているんだけど、撮り方があまりよくなくてちょっと残念。
お話はまあ期待するほうがおかしいですよ。
高橋真弓のセリフに「永井先生ごめんなさい」というのがあってちょっと笑った。
あとのギャグは概ねすべってますが。

ちなみに劇中に流れるけっこう仮面の主題歌は3番まであります。
永井先生自身が作詞されたらしい。
永井先生も好きだなあ。

4年目

今日はAO入試の合格者のスクーリングがあって、いち早く合格を決めた高校生たちが集まって、課題作品の講評などをした。
さすがにセンスのいい子が多くて、こちらも楽しんだが、彼らが4年後に技術的にも人間的にも成長してどんな作品を見せてくれるか。
それが教える僕らにとっての喜びでもある。

その可能性の一つを4年前僕らは失った。
当時1回生だった僕らの教え子である千葉大作君が何者かの凶刃に倒れたのが4年前の今日だった。
今日は千葉君のお母さんたちも京都に来られ、出町柳の駅前で犯人逮捕に協力を呼びかける冊子の配布を行った。
1000部の冊子を1時間半ほどで配った。

千葉君は本当に好青年だった。
努力家で友人にも優しかった。
何年たとうと千葉君を失った悔しさは癒えない。
犯人は自転車に乗っていた。
自転車で移動できる範囲に犯人は住んでいた。
犯人を知っている人が近くにいるはずなのだ。
いつか犯人逮捕の知らせを千葉君の墓前に報告できる日が来ることを切に祈っている。

何か情報を持っている人がいたら警察に知らせてください。
そして、もし犯人がこの文章を見ることがあるなら、自首してほしい。
犯した罪を償ってほしい。
僕らは本当に大切なものを失ったのだ。

ゴジラVSメカゴジラ

東宝特撮映画DVDコレクション33は「ゴジラVSメカゴジラ」(1993年)。
監督は「ゴジラVSモスラ」に引き続き大河原孝夫監督。
ゴジラ、メカゴジラに加え、ラドン、ベビーゴジラなど盛りだくさんの内容を手堅くまとめている。
僕は大河原ゴジラを全然観てなかったんだけど、大森ゴジラや金子ゴジラよりこっちの方が観ていて安定感がある。

ゴジラが京都に来るのってもしかしてこれが初めてかな?
京都タワーが吹き飛ばされるシーンとか、やはり地元民としては盛り上がるな。
そんなに昔の映画のような気がしなかったんだけど、携帯がなかったり録音機材がテープレコーダーだったりして時代を感じさせる。
ラドンがパワーアップする理由とかゴジラを助けようとする理由とかよく分からないところもちょいちょいあるけど、楽しく観た。
ただベビーゴジラが出てくるとちょっとウエットにはなるね。
最後にゴジラ親子が海に帰っていくんだけど、この時代になると地球のどこかに怪獣たちの世界がある、ということ自体かなり無理がある感じになる。
元々この映画でゴジラ映画を終わらせる予定だったらしいけど、それも無理ない気がする。

次は「惑星大戦争」。
これ、上映時には観逃していた映画なんで、わりと楽しみ。
予告編観るかぎり、そうとうB級っぽいけど、それはそれで楽しめるかな。

冬の映画(その2)

続けて観た「森崎書店の日々」も小さな物語だ。
手ひどい失恋をした主人公、貴子が叔父の経営する神保町の古本屋に間借りする。
その神保町での人々とのふれあいと本との出会いが物語の主題だ。

神保町には何度か行ったことがある。
よくもこれほどの書店が一所に集まっているものだと、羨望を感じた。
古本屋も、洋書を扱っているところ、美術書に厚いところ、幻想文学が得意なところと、それぞれに個性を放っている。
僕は古書マニアではないが、こんな町なら一日中歩いても飽きない。

それにしても古本屋にかわいい女の子がいるというのはそれだけでなんと絵になることか。
いっぺんに主人公貴子を演じる菊池亜希子さんのファンになってしまった。
叔父のサトルを演じる内藤剛志さんや友人のトモコを演じる田中麗奈さんたち並みいる実力派俳優の中で、のびのびとみずみずしい演技を見せているのは、とても映画初主演とは思えない貫禄で、とかそういう評論家的観点からではなく、単純に恋してしまった、と映画を観ていて思った。
こんな素敵な女の子を振る男は馬鹿だと思っていたら、本当に馬鹿だったのは笑った。
丁寧な絵作りも魅力で、監督は女性なのだけど、女性が映画を普通に撮る時代になって本当によかった。

今日観た二本の映画には不思議といろいろ共通点がある。
小さな物語であること、二本とも小説が原作であること(原作は読んでないけど)、特定の町と映画が密接に結びついていること、そしてタイトルが最初に来ないこと。
「海炭市叙景」は最初のエピソードが終わったところで、「森崎書店の日々」はエンディングロールのところでタイトルが入る。
今日観た二本がこの組み合わせだったのは僕にとってとてもよかったし、この順序で観たのもとてもよかった。
冬はまだしばらく続くけど、少し勇気をもらって映画館を出ることが出来た。

冬の映画(その1)

冬が苦手だ。
寒くなると心が萎縮して、鈍い冬の日差しの下では自分の影さえ薄くなる気がする。
冬季鬱というものかもしれない。

心が弱っているそんな時期には、壮大なファンタジーなんかより、ひっそりとした等身大の小さな物語の方が心にすんなり沁みる気がする。
今日、京都みなみ会館で観た二本の映画も冬のそんな気分が選ばせた映画であったかもしれない。

「海炭市叙景」は、函館をモデルにしたらしい海炭市という架空の町を舞台にした五つの物語のオムニバス映画だ。
冬の北海道。
そこに生きる人の決して明るくはない小さな物語たち。
不況のために造船所を退職させられた青年と妹、開発のために立ち退きを迫られている老婆、妻の浮気を疑うプラネタリウムの職員、再婚した妻の子供への虐待を止められないガス屋の若社長、路面電車の運転手である父との間の溝を埋められない息子。
その小さな物語を映画は丹念に共感を込めて描き出す。
観ていて元気になる映画ではない。
でも元気でなくても生きていていい気持ちにさせられる映画だ。

決して明るくない映画の終りに、小さな命の誕生の予感を感じさせて、物語は幕を閉じる。
そのぬくもりが弱った心に優しい。

ところで、この映画で、またしても騙された、と思ったのは加瀬亮さんだ。
この人の出ている映画をもう何本も観ているのに、髪型と役柄を変えられるともう見分けがつかない。
これほど映画によって印象の変わる役者を他に知らない。

同窓会

同窓会、と言っても僕のではなく、教え子の。
2008年卒の5期生の同窓会だったのだ。
元々男子のとても少ない学年だったけど、今回の参加者は女子ばかりだったので、ハーレム状態。
この学年は同人誌をやっている率がとても高くて、コミティアなんかに行くとけっこう顔あわせたりもするんだけど、卒業以来の顔も何人もいて、やはりこういう場はうれしい。
まあ、みんなそんなに変ってないけどね。

一次会は新しく出来た河原町三条近辺の居酒屋で楽しく飲んだり、近況を聞いたり。
二次会はカラオケ。
神聖かまってちゃんの「ロックンロールは鳴りやまないっ」を歌ったら、一曲でのどがつぶれた(笑)。
みんなはやっぱりアニソンが多いなあ。

楽しい一晩でした。
プロフィール

おがわさとし

Author:おがわさとし
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