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園子温監督講演会

勤務大学に園子温監督が来て講演会をするというので、実駒と二人して出かけた。
園子温監督は「愛のむきだし」ではまって、「冷たい熱帯魚」で打ちのめされて、それ以来リスペクトしているのだ。
震災後の二本はこの間某映画誌でワースト1とワースト2に選ばれていたけど、僕は大好きだ。
特に「ヒミズ」は本当に好き。

開演時間直前に来たら立ち見がいっぱい出ていて、強引に入り込んだ。
そしたら、最前列で地べたに座ってくれてもいい、と企画課のD君が言うので、遠慮せずに最前列に座り込んだ。
至近距離で園監督のトークを聞く。
内容については書けないのだ。
ここだけの話、という約束なんで。
でも東京ガガガ時代の話とか、貴重な話を聞けた。
何より、園監督の無頼っぷりが気持ちよかった。
いや、本当はけっこう気を使う人なんだと思うよ。
それは感じたけど、基本、やりたいことはやる、やりたくないことはやらない、っていうところは一貫している。
いい話聞けて元気が出た。
個人的には来年夏に公開されるらしい映画に期待大!
こういう企画をしてくれるうちの大学は手前味噌だがなかなかいいところだ。
いいところですよ。
園監督もまた来たいみたいなこと言ってたんで、またお話伺いたい。
本(「非道に生きる」)も買ったんで、楽しみに読みます。
秋の新作も楽しみ!
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クリストファー・リー生誕祭

水曜日は通常の授業に加え、ちょっと重めの仕事があって帰りも遅くなった。
しかし、そんな夜こそB級ナイトだ。
今週はレイ・ハリーハウゼン追悼Part2のつもりだったのだけど、5月27日がクリストファー・リー御大の91歳のお誕生日と言うことで、クリストファー・リー主演作を二本観た。
一本は「帰ってきたドラキュラ」(1968年)、もう一本は「白夜の陰獣」(1966年)。

「帰ってきたドラキュラ」はシリーズ4作目で、クリストファー・リーのドラキュラとしては3本目になる。
ハマーのドラキュラ映画は、テレンス・フィッシャーが監督した初期の3本(「吸血鬼ドラキュラ」「吸血鬼ドラキュラの花嫁「凶人ドラキュラ」」)、シリーズが定着し、プログラム・ピクチャーとして監督を変えながらも安定感を持って作られた中期の3本(「帰ってきたドラキュラ」「ドラキュラ 血の味」「ドラキュラ復活 血のエクソシズム」)、舞台を現代に移し、変化球勝負になった後期の3本(「ドラキュラ'72」「新ドラキュラ 悪魔の儀式」「ドラゴンvs七人の吸血鬼」)に分けると分かりやすい。
さっき思いついた。
てきとー。

中期の3本は全部観ているはずなんだけど、どれがどれだっけ?とか思っていて、ファンの風上にも置けない。
ゴジラだったら「ゴジラ対○○」で、相手の怪獣が出てくるから分かるんだけど、ドラキュラシリーズはドラキュラしか出てこないからね。
というわけで、うろ覚えのまま観出した「帰ってきたドラキュラ」だけど、なかなかどうして見応えのある作品だった。
脚本をジョン・エルダー、監督をフレディ・フランシスが担当している。
人間ドラマ部分が手堅く撮られていて、無心論者の青年ポールと司祭の姪マリアのロマンスも初々しいし、居酒屋の主人たち脇役キャラも分かりやすく楽しい。
司祭役のルパート・デイヴィースも貫禄十分。
何より心の弱さからドラキュラの手下になってしまう神父役のイワン・フーパーが印象に残る。
ストーリーには色々矛盾とかあるけど、それはまあお約束なんで。
最初の犠牲者の女は誰の手にかかったのか?とか考え出したら負け。
ドラキュラ城のデザインが毎回違う、とかも気にしない。

で、クリストファー・リーだけど、見せ場がたくさんあってドラキュラ役者として円熟の極みにあると言っていい。
時にエロティックに、時に残酷に、時に尊大に、時に高貴に、時に悲壮に。
かっこいい。
「凶人ドラキュラ」の時より生き生きして見えるな。
けっこう名作だと思う。

もう一本の「白夜の陰獣」はクリストファー・リーがロシアの怪僧ラスプーチンに扮した怪作。
史実とはだいぶ違うらしいが史実を知らないのでそれはいいや。
欲望のまま奇怪な超能力と催眠術を使って権力の階段を上がっていく怪僧ラスプーチンをクリストファー・リーが実に楽しそうに演じている。
顔が映っていないシーンは代役かもしれないけど、踊るクリストファー・リーも見れる。
これも脚本はジョン・エルダー、監督はドン・シャープ。
なんとなく既視感があると思っていたら、同じ年に作られて「凶人ドラキュラ」と同じセット、同じキャストを使いまわして撮影されたらしい。
道理で。
ああ、ここの前でドラキュラが割れた氷の下に落ちるんだよなあ、というセットが出てきたりする。
この辺りはB級っぽくていいなあ。
クリストファー・リーは目力も強いが、声もセクシーでかっこいい。
「凶人ドラキュラ」のドラキュラに今ひとつ魅力を感じないのは、あの映画でドラキュラが全然しゃべらないからだと思う。
「白夜の陰獣」は、役者クリストファー・リーの様々な魅力が出ていて楽しい。
毒を飲んでも死なないラスプーチンもクリストファー・リーが演じると説得力がある。
まあ、それくらいでは死なんだろうと。
そのわりにラストはちょっとあっけない。

「白夜の陰獣」のDVD(イマジカ版)にはオリバー・リードがナレーションをやっているクリストファー・リーの紹介映像が入っていて、クリストファー・リーの誕生日を祝うにはふさわしい。
ピーター・ジャクソンの「ホビット」の続きもあるし、91歳にして新作が待たれる偉大なる映画スターである。
いついつまでもお元気で。
吸血鬼ドラキュラのごとく。

書庫整理(前哨戦)

家を建てるとき、わりと広めの書庫を作った。
これで蔵書が収まると楽観していたが、実際建ってみると全然収まらない。
おまけに生来の不精も相まって書庫が腐海に沈むのに時間はかからなかった。
僕の片付け能力の低さはどうも遺伝のようで、父も片付けが下手な人なのである。

今日は隣家のあかねこさんに手伝ってもらって、本格的に書庫を正常化(清浄化)すべく、朝から働いた。
基本的にあかねこさんが指示を出して、僕が従う、と言うスタイルである。
そうでないと物事が進まないのだ。
いや、お恥ずかしい話。

午前中は書庫の通路をふさいでいる段ボール(主に密林からの贈り物)の片付け。
それだけで一仕事。
たんびたんびに片づけていればこんな事にはならないわけだが。
膨大な量の段ボールとごみが出た。
よくもこんなに溜め込んだものだ。
午後は、新しく本棚をいくつか買ってそこに文庫を入れるという戦略(もちろんあかねこ将軍立案)の元、一兵卒として本の分類、移動に従事。
なんとか見通しが立ってきた。
と言ってもローマは一日にしてならない。
書庫の横の書斎の腐海ぶりもなかなかどうして堂に入ったものである。
だだっ広い一階廊下にも腐海は広がっているのだ。
果たしておがわ家一階が腐海から逃れられる日は来るのか。

乞う御期待!

駆け込み展覧会二つ

ちょっと間が開いた。
この間の日曜日は関西コミティアに参加。
コピー本だけど、クッポ・シリーズと言う以前から描いているシリーズものを一つ作って持っていった。
この間出したのが2007年だということに気づいて驚愕。
ちょっと油断するとあっという間に5年くらいたつよなあ。

水曜のB級ナイトも2週続きでお休み。
来週はレイ・ハリーハウゼン追悼Part2を予定してます。

さて、なんだかんだでばたばたしていて、なかなか行けなかった展覧会二つを昨日、今日で回った。
両方とも26日まで。

一つは何必館・京都現代美術館の「アンリ・カルティエ=ブレッソン展」。
祇園にあるこの美術館の静謐な佇まいがけっこう好きだ。
2月に同じ何必館の木村伊兵衛展を見にいったのだが、今回も写真展。
ロベール・ドアノーと並ぶフランスを代表する写真家だ。
見事な構図で捕らえられた一瞬のドラマ。
舞台はフランスだけではなく、インド、パキスタン、中国、スペイン、ドイツなど世界中に及ぶ。
歴史的な一瞬が捉えられている作品もあるのだが、そうでない一枚にもドラマがある。
モノクロームの美しさを最大限生かした構図が素晴らしく、どの写真も一枚の絵として完成されている。
現実を撮った写真でありながら、時にシュールレアリスムの絵画のように幻想味を帯びるのも魅力。

もう一つは堂本印象美術館の「京都画壇の巨星たちPartⅠ」。
堂本印象美術館、前まで行ったことはあるのだけど実は入ったことがなかった。
立命館大学のすぐそばにある独特な外観の美術館。
最近になって、府立の美術館であることを知った。
堂本印象財団とかそういうところがやっている私立の美術館だとばかり思っていた。
今回の展示はリニューアル第一弾だそうだ。
堂本印象一人の作品に頼った展示から、より開かれた美術館に変えていこうということのようである。
展示されているのは堂本印象の他に、竹内栖鳳、小野竹喬、上村松篁、池田遙邨、秋野不矩という顔ぶれ。
豪華。
それぞれに見所があったが、なんと言っても今回の目玉は竹内栖鳳の「象図」だろう。
金地に墨で象が圧倒的な存在感で描かれている。
リアルであると同時に東洋的な抽象性も感じられる。
同じ金地の「河畔群鷺」も印象的。
堂本印象では西遊記を描いたものが面白かった。
「PartⅠ」というからには「PartⅡ」もあるのだろう。
行き方も覚えたのでまた行こう。
金閣寺のすぐそばなので、久しぶりに金閣寺を覗いてみるのもいいかもしれない。

わりと忙しい日曜日

今日は午前中は中学生対象のワークショップ、午後は自治会のお仕事、という一日。

午前中は某高校にお邪魔して、中学生50数名相手に1ページのマンガを描く、というワークショップをした。
高校さんが募集して、いろいろな中学校から生徒さんが参加したのである。
普段はマンガ専攻の大学生を相手にマンガ教育というものをしているわけだけど、小中高におけるマンガ教育はどうあるべきか、ということにも実は関心がある。
高校生と小学生については、今までにもワークショップをする機会があったのだけど、中学生を教える機会というのがあまりなかった。
そんなわけで、これはいい機会だったのだ。
時間枠も3時間弱とたっぷりもらえたので、ここ最近高校生対象で試みているワークショップを中学生相手にやってみた。
受講者数が50人を越えるというのは正直想定していなかったし、3時間弱という時間で十分なのか不安もあった。
でも結果的にはかなり充実したワークショップになったと思う。
今の中学生のマンガ力はかなりのもんだと実感。
考えていたことが案外いけるんじゃないかという手ごたえを感じた。
ワークショップの詳しい内容については、いずれまとまった文章を書こうと思っています。
もったいぶるわけじゃないんだけどね。
いや、ちょっともったいぶってるんだけどね。

午後は、組長としてのお仕事。
町費の徴収というなかなかハードルの高い仕事である。
嫌な顔されたらどうしよう、とか実はかなり不安だったのだ。
出かける前におつり用の小銭がないことに気づいて、近くのコンビニに走って一万円札でアイス買ったりした。
でも案ずるより生むが易しで、回ってみるとみなさんとても優しくて、ほっとしたのだった。
初めてお話させていただく人も多く、組長を引き受けてよかったと思う。
ご近所付き合いなるものにまともに向き合うのはこれが初めてと言って過言ではない。
いい勉強になっていると思う。

美の競演 京都画壇と神坂雪佳

今日は用事があって町中に出た。
その帰りに、ついでだからと高島屋でやっている「美の競演 京都画壇と神坂雪佳」を見る。
京都市美術館と細見美術館の所蔵品から、明治~昭和初期の日本画と工芸品を展示している。
意外に見応えがあった。

神坂雪佳は最近流行りなのかな。
本もけっこう出てるね。
最後の琳派にして近代デザイナーの元祖。
自然美を抽象化しておおらかなデザインにしているのは確かに今見ても魅力がある。

でも今回は京都画壇の女性画の方に目が行った。
図録に入っている竹内栖鳳の「絵になる最初」は会場になかった。
ヌードになる寸前のモデルの恥じらいを絵にした作品で、確かに初々しさがよく出ているけど、おやじ趣味といえばおやじ趣味。
まあ、ヘテロセクシュアルの男性が女性を描けば、ある程度エロくなるのは仕方ないし、そのために裸婦描いてるわけだしなあ。
全否定するつもりは全然ないです。
でも、貧しい女性を共感を込めて描いた梶原緋佐子の「帰郷」とか、一人でいるときの油断しまくった女性を描いた伊藤小坡の「夏」とか、溌剌とした勇ましい女性像、丹羽阿樹子の「遠矢」とかの方が僕には好ましかった。
女性が女性を描くときの、ナチュラルさみたいなのにけっこう憧れがある。
上村松園はまた別格。
女性美を格調高く様式化していて、これはこれで素晴らしい。
「人生の花」「待月」など数点。

四条辺りにお出かけのついでがあれば寄って損のない展覧会。
20日まで。

レイ・ハリーハウゼン追悼二本立て

本来水曜日はB級映画ナイトなのだが、レイ・ハリーハウゼンの訃報に接し、急遽ハリーハウゼン追悼二本立てに。
実は今日の1回生授業で、骨格標本をデッサンして、それを元に二体の骸骨が闘っている絵を描く、という課題をやった。
毎年恒例の課題だけど、今日は何か符合のように感じて不思議な気持ちになった。

今日観たのは、一本目が「世紀の謎・空飛ぶ円盤地球を襲撃す」、二本目が「シンドバッド7回目の航海」。

「世紀の謎・空飛ぶ円盤地球を襲撃す」は1956年のモノクロ映画。
侵略ものの古典といっていい作品。
原作はカート・シオドマク。
ハリーハウゼンが特撮をやっていたのは知っていたが、クリーチャーではなく円盤ではダイナメーションの魅力は出ないだろうと高を括っていた。
実際に観てみると、円盤が高速で回転しながら少しずつ角度を変えて飛んでいくところは同種の映画の空飛ぶ円盤とは全く違うリアリティーがある。
合成の巧みさもあり、円盤の巨大さが強調されていて実にファンタスティック。
他にも至るところにハリーハウゼンの細やかな工夫が垣間見られて見応えがある。
映画そのものも、重厚な演出、洗練された映像、押さえ気味のリアルな演技はB級映画のそれではない。
まあ、宇宙人には問答無用で攻撃して、はるかに科学的に優れている宇宙人に急ごしらえの新兵器で勝っちゃうあたりはB級とそれほど変らないんだけどね。
最近の映画でもまだそれやってるの観ると、なんだかなあと思う。
特典映像で、ジョー・ダンテがハリーハウゼンにインタビューした映像が入っていて、それもなかなかいい。

「シンドバッド7回目の航海」は文句なしに楽しい1958年の、こちらはテクニカラー作品。
モンスターが出てくるシーンは意外に少ないんだけど、映画としても十分楽しめる。
悪役の魔術師ソクラがいい味を出している。
こういう悪役が生き生きしている映画はいいね。
一つ目巨人サイクロプス、双頭の怪鳥ロック、火を吹くドラゴンといったモンスターが登場するシーンはもちろん素晴らしい。
今のCGを見慣れていると動きがぎこちなく見えるかもしれないけど、20センチそこそこの人形を一こま一こま動かして、それを本物の人間と組み合わせて違和感ない、というのは大変な技術。
ガイコツ剣士とシンドバッドの対決シーンは今見ても魔法のよう。
こちらのDVDにも特典映像がついていて、「キング・コング」の影響でクリーチャー作りを始めた少年ハリーハウゼンを両親が応援してくれた、というエピソードにぐっと来た。
この両親でなければ映像の魔術師レイ・ハリーハウゼンは生まれていなかったかもしれない。

今のように当たり前にファンタジー映画がある時代と違い、ハリーハウゼンの頃はジャンルとしてのファンタジー映画というのは存在しなかったと言ってもいい。
SF映画やホラー映画がかなり早い段階でジャンルを形成していたのに比べ、ファンタジー映画はジャンルと言えるほどの量がそもそも作られていなかった。
ハリーハウゼンはその中で一人ファンタジー映画を撮り続けた天才だった。
現代の映画に与えた影響は計り知れない。
ご冥福をお祈りします。

レミング~世界の涯まで連れてって~

4日は渋谷のPARCO劇場で、寺山修司・作、松本雄吉・演出の「レミング~世界の涯まで連れてって~」を観る。
寺山修司は「田園に死す」を昔観て強い印象を受けたけど、それ以外はあまりよく知らない。
寺山修司の戯曲を舞台で観るのは実はこれが初めてである。
これを観ようと思ったのは、演出が維新派の松本雄吉さんだからで、維新派はかれこれ20年来のファンなのだ。
僕が維新派に求めているものは、「演劇」というのとはちょっと違う。
それで、寺山修司の戯曲で、松本雄吉さんがどんな舞台を作り上げるのか、ちょっと不安もありつつ、楽しみにしていたのだ。

始まってすぐ、ああ、これは松本雄吉さんの世界だ、と強く感じた。
全体に音楽劇としての性格が強く、維新派のヂャンヂャン・オペラの世界観が高い完成度で作り上げられている。
内橋和久さんの音楽が素晴らしい。
もちろん、大人数の役者の複雑で迫力のあるパフォーマンスは維新派の公演と変らない。
にもかかわらず、「演劇」らしさもけっこうあって、とりわけ八嶋智人さん演じるコック1と松重豊さん演じる母親(!)の掛け合いは絶妙。
松重豊さんって、「八重の桜」の八重のお父さんだよ!
それが母親役!
それが不思議とはまっている。

物語を一言で説明するのは難しい。
二人のコック見習い(八嶋智人と片桐仁)が住む下宿の壁がなくなるところから物語は始まる。
そこにいろいろな人たちの物語が絡んでくるのだが、その中で一番ボリュームのあるのは戦前の映画女優影山影子(常盤貴子)をめぐる物語である。
精神病院の話やどこかの国の牢獄の話がそれに絡む。
壁がなくなってプライバシーがなくなるところから物語は始まるわけだが、劇中登場人物たちはむしろ何者かによって壁に閉じ込められる状況に追い込まれていく。
その壁の中と外が入れ子状になっていて、誰が壁の中にいて誰が壁の外にいるのか判然としない。
映画を撮る人間と撮られる人間、治療する人間と治療される人間、妄想する人間と妄想される人間、覗く人間と覗かれる人間、牢屋に入れる人間と牢屋に入れられる人間、夢見る人間と夢見られる人間。
その境界が次々と入れ代わり曖昧になっていく。

その中で一番ずっしりと存在感のあるのは下宿の床の下に暮らすコック1の母親なのである。
母親と息子というテーマが寺山修司にとって重要であったことは、さすがに僕でも知っている。
それが結末に利いてくる。

舞台を観た後で、元になっている戯曲を読んだのだが、意外に戯曲に忠実なんだな、と思ったところと、かなり大胆にアレンジされているところがある。
出だしのいかにも維新派的な都市論的セリフは意外にも原典どおりだった。
変っているのは、大きなところでは主人公のコックが元の戯曲では一人なのに、この舞台では二人になっているところだ。
ラストで一人は街を出、一人は残る。
このラストも元の戯曲とは大きく違っている。
ちなみに上演台本は天野天街さんである。

テーマがなんであるにせよ、舞台は圧倒的な迫力と美で最後まで疾走する。
観終わった後もしばらく眩暈に似た高揚感が続いた。
松本雄吉さんの偉大な才能を改めて感じたと共に、寺山修司にも興味が沸いた。
会場で売っていた「寺山修司幻想劇集」(平凡社)を買って、とりあえず「レミング」だけ読んだのだが、面白い。
他の演出家の寺山演劇も観たくなった。

ラファエロ展とフランシス・ベーコン展

連休は東京に行っていたのだ。
5日がコミティアだったので、それ合わせで行って、展覧会二つと舞台一つ見てきた。

3日は展覧会二つ。

一つは国立西洋美術館でやっている「ラファエロ」展。
日本初のラファエロのまとまった展覧会、ということだ。
GWの上野は人が多く、会場もけっこう賑わっていた。
立ち止まって見れない、というほどではないが、落ち着いて見るには人が多すぎる。
初期の作品では「父なる神、聖母マリア」という、ちょっと不自然な形で切り取られた作品が魅力的。
ポスターになっている「大公の聖母」は、下は室内の背景があったものを、後世になって黒く塗りつぶされたものであるそう。
そのせいというわけでもないだろうけど、僕はあまり感銘を受けなかった。
変った構図の「牢獄から解放される聖ペテロ」はなかなか。
小品ながら「エゼキセルの幻視」は一番の見ものかもしれない。
ラファエロの原画を元にした版画やタペストリーも興味深い。
ただ、鳴り物入りの展覧会にしては、想像以上にこじんまりとしていた、という印象。
やっぱりラファエロを見たければイタリアに行け、ということか。
もしこれから行かれるのなら、常設展示のほうもご覧になるのをお勧めする。
作品は優品ぞろいで混んでもいないので、ゆったりアートを堪能するにはこっちの方がいいかも。

次は東京国立近代美術館の「フランシス・ベーコン展」に向かう。
こちらはたいへん見応えがあった。
初期の「人物像習作Ⅱ」からしてすでにただならぬ作風。
「習作」とついた作品が多いが、いずれも大作であり完成度も高い。
「習作」というタイトルの作品と理解していい。
ベラスケスを元にした作品は、たぶん初めてフランシス・ベーコンという名を知った作品。
実物の持つ迫力は想像以上だった。
ゴッホをモチーフにした作品は初めて知ったが、激しい色彩の中に突き詰めた孤独が感じられる作品だった。
見ていて胸苦しくなるようないたたまれなさを感じる。
後期の作品は、人物部分を除くと単純な色面の構成になっていて、その部分だけ見るとインテリアデザイナーだったというベーコンらしい、むしろお洒落なコンポジションなのだ。
その空間の中に、それと全くかけ離れた強烈な違和感を持って、変形した身体が描かれている。
美しい、といのではないが、見ていて目が離せなくなる作品群。
一見シンプルで調和の取れた世界の中で、それとは隔絶して何かを絶望的に希求している肉片。
それはその一見調和の取れた世界そのものの裏側にある何かうにょうにょしたものが次元の裂け目から這い出たようでもある。
ある意味SFっぽい。
ていうか、ディックっぽい。
忘れがたい展覧会だった。

狩野山楽・山雪展

京都国立博物館で開催されている「狩野山楽・山雪」展に行ってきたのだ。
日本美術史に疎いので、山楽とか山雪とか言われても知らなかったのだが、桃山時代から江戸初期にかけて京都で活躍した師弟画家。
徳川の時代になって江戸に進出した江戸狩野に対して、京狩野、というらしい。
「京都の狩野派は濃い」がキャッチコピーになっている。

実際、濃い。
師匠の山楽は豪快な筆致で絢爛たる画面を作る人で、「龍虎図屏風」の迫力たるや凄まじいばかり。
エネルギーが漲っている感じがする。
人物画も生き生きしていて、「車争図屏風」という源氏物語を元にした絵なんか、ちっこい人間がたくさん描かれているのだが、それぞれが生き生きした動きを見せていて見飽きない。

弟子の山雪は師匠より几帳面で凝り性だったようで、今でいう超絶技法的な作品が多い。
同じ画題の「龍虎図屏風」を描いているが、雰囲気が全然違う。
龍や虎は師匠よりずっと大人しいが、緻密に描き込まれたマチエールが圧巻。
水の描写にも特徴がある。
色彩はコントラストがはっきりしていて、曖昧さのない画面構成。
「長恨歌図巻」という玄宗皇帝と楊貴妃のラブストーリーを絵巻化したものがあるのだけど、その緻密で鮮やかなことと言ったら、想像を絶する。

点数的には山雪の方が多く、バラエティーに富んでいる。
あくの強い人物画や意外にかわいい動物画もあり楽しい。
全体としてもかなりのボリュームのある展覧会で、圧倒された。
ほとんどの絵に金箔が施されており、大作も多いので、印刷ではあの迫力は伝わりにくい。
ぜひ足を運んで見にいってほしい展覧会。
オススメです。
プロフィール

おがわさとし

Author:おがわさとし
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