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東宝特撮ナイト第2夜(「ゴジラの逆襲」と「ラドン」)

東宝特撮ナイト第2夜は1955年の「ゴジラの逆襲」と1956年の「空の大怪獣ラドン」。
本当はその間に「獣人雪男」というのがあるんだけど、残念ながらDVD化されていない。

「ゴジラの逆襲」は監督が本多猪四郎から小田基義に交代。
「透明人間」の監督だが、基本的に庶民派だ。
前作「ゴジラ」の悲壮感、重厚感とは比較にならないくらい軽い。
アンギラスが初登場。
アンギラスはアンキロサウルスだとはっきり言ってるんだけど、アンキロサウルスにはそんなに似てない。
アンキロサウルスはあんなにとげとげしてない。
あとアンキロサウルスの尻尾はあんなじゃない。
時代は、「ゴジラ」の「200万年前」から「7000万年から1億5000年前」に変更されていて、これだとまあ白亜紀の年代と合う。
でもアンキロサウルスが肉食だと言っているのは無理がある。
ゴジラが前作ではゆっくり動いていたけど、今回はちょこまかとわりと速い動きをするので、コミカルに見える。
これがこの後の怪獣映画ではむしろ基本形になるわけだな。
音楽も伊福部昭ではなく、佐藤勝が担当していて、やっぱり音楽が違うと全然雰囲気違うなあ。
嫌いじゃないんですけどね、この映画。
人情怪獣映画って感じで。
志村喬と千秋実が出ているとやっぱり「七人の侍」連想するな。
「七人の侍」は1954年、前の年の映画です。
「ゴジラ」と「七人の侍」が同じ年なんだな。

「ラドン」は監督が本多猪四郎に戻っていて、やはり貫禄が全然違う。
音楽も伊福部昭。
東宝怪獣映画初のカラー作品。
長さが82分というのが意外だった。
大作感のある映画なので、もっと長いと思っていた。
炭坑での一人の坑夫の不審死に端を発し、サスペンスを保ちながらどんどんスケールを大きくしていく展開が見事。
メガヌロンの幼虫は子供の頃テレビで観てすごく怖かった。
今観てもなかなかの迫力だ。
ラドンが出てくるのがDVDプレーヤーの表示では37分くらいのところ。
82分の映画の37分である。
ほとんど半分くらい経ってやっとラドンが出てくるのだ。
しかも最初はちらっと。
本格的に出てくるのは後半に入ってからである。
地底の途方もなく巨大な卵のイメージは鮮烈で、絵としての見せ方が素晴らしい。
地底幻想映画としても「ラドン」は傑作だと思う。
ラドンそのものの造形は今観るとちゃちくて、ハリーハウゼンのプテラノドンなんかと比べると空飛んでるようには見えない。
その代わり暴風で破壊されていく町並みは素晴らしくリアルで、間接的にラドンの凄さを表現している。
あと、本多猪四郎監督は群衆を描かせるとべらぼうに上手い。
そこが怪獣映画監督としての本多猪四郎監督の一つの美点だ。

「ゴジラの逆襲」では爆弾で雪崩を起こしてゴジラを生き埋めにする。
「空の大怪獣ラドン」ではミサイル攻撃した結果阿蘇が爆発してその噴火でラドンが焼かれる。
両方とも人間の攻撃はトリガーに過ぎなくて、最後は自然の力で怪獣が倒される。
「ゴジラ」のオキシジェン・デストロイヤーも似たところがある。
オキシジェン・デストロイヤーそのものは爆発したりしない。
海中の酸素を破壊する、というのはちょっと意味不明だが、イメージとしてはオキシジェン・デストロイヤーがトリガーになって海がゴジラを葬ったように見える。
基本的に日本の怪獣は人間の科学では倒せない。
アメリカの怪獣映画観ているとそこが違うなあ、と思う。

あと、「ゴジラ」の舞台が東京、「ゴジラの逆襲」が大阪と北海道、「ラドン」が九州だから、順番に観ると舞台がかぶらないように配慮しているのがよく分かる。
全国の名所を次々に破壊していく、というゴジラ映画の基本形がすでに出来上がっているのだ。
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日本一のゴマすり男

火曜邦画劇場は「日本一のゴマすり男」。
植木等主演の「日本一」シリーズ第3弾。
1965年公開の古澤憲吾監督作品。

植木等演じるのは中等(なか・ひとし)。
後藤又自動車の新入社員。
たぶん自動車が好きな人が観たら、おっ、と思うシーンがいっぱいあるんだと思うけど、僕は車はさっぱり。

中等は今まで観た植木等の映画の中ではかなり真面目な方。
ゴマすりも途中まではやらないんだけど、豪華なセットの中で「ゴマスリ行進曲」を歌ったあとはゴマすり路線にシフト。
これが必ずしも成功しなくて、上司に疎まれたりするんだけど、全くめげないのはいつものノリ。
ゴマすり、という一般にネガティブなイメージを持たれているキャラクターを明るく嫌みなく演じているのはさすが。

ストーリーはやや地味ながら、原色を要所要所に使った画面作りがモダンでかっこいい。
中尾ミエとセスナに乗るシーンなんかもあって、スピード感のある映画になっている。
藤田まことが日系三世のジョージ箱田というキャラクターを演じていて、これが関西弁まじりの片言ニホンゴをしゃべるのがすごくおかしい。
大社長の東野英治郎もいい味。
あと、中等の後輩の大学生役で若き日の加藤茶がちょこっとだけ出演している。

なんか最近植木等の映画を観るのが癒しになってる気がする。
CD買おうかな。


来週は吉永小百合の「若い人」。
来々週は「クレージー黄金作戦」の予定。

疑惑の影

今週は火曜、水曜、木曜とちょっと用事が続いてDVDが観れなかった。
金曜日に月極映画祭、ヒッチコック特集の二本目で「疑惑の影」を観る。
1943年作品。
以前一度テレビで観たことがある。

ミステリーとしては意外性が少なく、以前観たときは物足りない感じがしたが、ネタが分かった上で観るとそれなりに面白い。
主人公は自分のアメリカの平均的家族に物足りなさを感じている少女で、そこに彼女にとっての憧れの人である叔父がやってくる。
この叔父をジョセフ・コットンが演じている。
警察が叔父を調べていることが分かり、叔父に対する疑惑が徐々に深まっていく。

この、少女と叔父の関係性がこの映画の主眼だ。
少女も叔父も同じ「チャーリー」という名前なんだけど、最初は「双子」とまで言っていた関係性が壊れていき、最後の闘争に至る。
その間の心理的な揺れが見所の映画。
ビクトル・エリセの「エル・スール」にこの映画のポスターが使われている。
「エル・スール」は、尊敬していた父親の知られざる過去を知ることになる娘の話なので、ちょっと似ている。

この映画は、チャーリー(少女の方ね)の家族がすごく魅力的だ。
弟(叔父のチャーリー)を誇りに思っている母親、推理小説が好きな真面目な銀行員の父親、読書好きのませた次女、やんちゃな弟。
平均的なアメリカの家族をヒッチコックはノーマン・ロックウェルの絵みたいに魅力的に描いている。
特に次女アンはすごくいい。
ロリ的な意味でなく。
昔のマンガにはこういうキャラクターよく出てきたな。
メガネかけてこまっしゃくれたセリフ言う妹キャラ。
父親が推理小説友達と、いかにしてお互いを殺すかを議論しているのもヒッチコックらしいブラックユーモア。
家そのものもアメリカの平均的家族のものらしいけど、日本人から見たら豪邸にしか見えん。

ラストはちょっとあっけないけど、心理描写に優れた一編でした。
あ、この映画でもお母さんがケーキ作るときに卵を入れる「タイミング」を力説する下りがあります。
ヒッチコック映画の神髄はやっぱりタイミングだと思いました。


次回は「ロープ」。

逃走迷路

毎週木曜日は月極映画祭である。
今年からそうなった。
2014年1月はアルフレッド・ヒッチコック監督特集Part1である。

ヒッチコックの映画は何本か観ているけど、ものすごくはまったということはない。
なんと言うか、演出にわざとらしさを感じて今ひとつ好きになれなかったのだ。
ヒッチコックの影響を受けてそれをより洗練させたようなブライアン・デ・パルマなんかを観て、ヒッチコックが古く感じたのかもしれない。
「the hitchcock collection」の1、2というDVDボックスを持っているので、とりあえずそれを順番に観る。
「レベッカ」とか「北北西に進路をとれ」とか「ダイヤルMを回せ」とか抜けてる作品も多いんだけど、まああるものから観ていこうと。
全部いわゆるアメリカ時代の作品です。

第1回(1月9日)に観たのは「逃走迷路」。
初見。
原題は「SABOTEUR」、「破壊工作者」というような意味です。
作られたのが1942年なので、破壊工作者は枢軸国のイメージなんだと思う。
キューバに亡命する話も出てくるから、ちょっと共産圏のイメージも入っているのかもしれないけど。

飛行機を作る軍需工場が破壊工作に合い、無実の罪に問われた主人公が逃避行をする前半部と、破壊工作者達と対峙して追いつめていく後半部に大きく分かれている。
前半部で主人公を助けるのが、トラックの運転手、盲人、サーカスの見せ物芸人(ヒゲ女とか小人とかシャム双生児が出てくる)で、社会的弱者を選んでいる。
それに対して破壊工作者は上級社会の人間に設定されていて、ヒッチコックってそんな社会派だっけ?
作られたのが戦時中ということもあって、ヒッチコックはこの映画で意外なほど熱を込めて民主主義の価値を説いている。
そして市井の人の善意を讃えている。
あんまりヒッチコックにそういうイメージなかったな。

前半で主人公と一緒に逃避行をすることになるモデルのヒロインがいて、そのヒロインがモデルをした看板が何回も出てくる。
その看板の文字がストーリーと上手くマッチするようになっていて、そこはヒッチコックらしい面白い趣向。

後半の主な舞台が、慈善パーティー、映画館、自由の女神、と公衆の目の前というのも面白い。
映画館のシーンはさすがに上手い。
コメディー映画が上演されている中で銃撃戦が行われるのだけど、観客は最初映画の中の銃撃と区別がつかない。
トリッキーで魅力的なシーン。
わざとらしい、って言えばわざとらしいんだけど、やっぱり上手いなあ、とは思う。

映画の中で破壊工作者が、破壊工作での「タイミングの重要さ」を力説するシーンがあるんだけど、これはヒッチコックの映画作りについての考えを表しているようにも思える。
早すぎても遅すぎてもだめだ、というのはヒッチコックのサスペンスの作り方そのものじゃないか。

ラストの自由の女神はどうやって撮ってるの?と思うような構図で高さを強調してスリルを盛り上げている。
それと、やっぱり自由の女神で全体主義に対する自由の価値もシンボライズしているわけで、ここでも意外に社会派なヒッチコック。

次回は「疑惑の影」。

東宝特撮ナイト第1夜(その2)

「ゴジラ」の後に観れば「透明人間」の方はだいぶ気楽に観れるだろうと高をくくっていた。
この映画は一人の透明人間の自殺から始まる。
その透明人間は二人しかいない透明特攻隊の生き残りで、姿のない存在として生きていくことに耐えられなくなって自殺したのだ。
透明特攻隊!
うわ、重い!
人間だけ透明ではあまり意味ないので、飛行機も透明だったのだろうか。
それとも透明人間が爆弾だけ持って敵の基地に忍び込んで特攻したのだろうか。
いずれにしてもなかなか秀逸な設定だ。
そして、重い。

もう一人の透明人間がまだ残っているということで街は不安に包まれ、その中で透明人間を名乗る男達による強盗事件が起きる。
しかし、本物の透明人間は他にいた。

途中半裸のダンサーが吊るされて鞭で打たれるシーンなんかもあって猟奇的な雰囲気も醸し出しているけど、透明人間として生きていかざるをえない男の悲哀がこの映画のキートーン。
監督の小田基義は「ゴジラの逆襲」の監督もやった人で、本多猪四郎監督のようなスケール感はないが、庶民の生活感を描くのが上手い。
この映画でもその持ち味が生きている。
後に「ガス人間第一号」でガス人間を演じる土屋嘉男が真相に迫る新聞記者を演じているのも興味深い。

ラストで強盗団の首領である高田稔が一人で透明人間と戦う熱演ぶりが楽しい。
円谷英二の特殊撮影も随所で面白い絵を見せてくれている。
あと、盲目の少女と透明人間が二人きりで話すシーンがあるんだけど、いや、盲目の少女相手とは言え、全裸で少女と二人きりはどうなの、と思った僕は心が汚れている。

この映画の中で老科学者が透明特攻隊について説明する下りは、山根博士の古生物学よりは説得力がある。
まあ、透明人間の科学的説明なんてそう簡単に出来っこないわけだけど、それなりに調べた節がある。
サイクロトロンの実験中に透明化光線が発見されたことになっているのだけど、サイクロトロンというのは中性子の加速器で、戦時中の日本に確かにあった。
元々素粒子物理学の実験に使うものなので、なんとか光線が発見される場としてはもっともらしい。
第2次世界大戦中、日本も独自に原爆開発の計画を進めていたのだが、そこでもサイクロトロンは重要な役割を果たしている。
詳しくは保坂正康著「日本の原爆」(新潮社)をお読みください。
読まれるべき本だと思う。
ちなみにそのサイクロトロン(四台あった)は敗戦時にGHQによって破壊され、東京湾や琵琶湖に沈められている。

さて、東宝特撮ナイト一回目は思いのほか戦争の影の濃い重い二本立てになった。
日本の特撮映画はずいぶん重いところから出発したのだ。

東宝特撮ナイト第1夜(その1)

毎週水曜のB級ナイト、第1、第2水曜が怪獣デイで第3、第4水曜がポルノデイ、ということにしていたのだけど、今年は怪獣デイにディアゴスティーニの「東宝特撮映画DVDコレクション」全65作を公開年代順に観ることにした。
「東宝特撮映画DVDコレクション」は発売順に観てたのだけど、発売順と公開順は当然ながら違うので、1954年の「ゴジラ」から2004年の「ゴジラ FINAL WARS」まで、作られた順番に観てみることにしたのである。
東宝映画じゃB級とは言い難いので、以後この企画が終わるまで第1、第3水曜は「東宝特撮ナイト」と改称します。
以上どうでもいいお知らせでした。

というわけで先週の水曜に観たのは1954年11月3日公開の「ゴジラ」と同じ年の12月29日公開の「透明人間」。
「ゴジラ」は何度か観てるけど「透明人間」は実は初めて。最後の方に発売されたものは観てないのが何本かあるのだ。

よく知られているように第一作目の「ゴジラ」は第五福竜丸の被爆事件に影響を受けて作られている。
1954年3月1日ビキニ諸島で行われた水爆実験によりマグロはえ縄漁船第五福竜丸が被爆する。
この被爆により無線長久保山愛吉が半年後に死亡、海産物の放射能汚染も明らかになった。
去年秋のNHK・ETV特集「海の放射能に立ち向かった日本人 ~ビキニ事件と俊鶻丸(しゅんこつまる)~」を見てその当時の雰囲気をちょっと知ることが出来た。

今改めて「ゴジラ」を観ると、この映画がリアルタイムの問題をかなり正面から描いていることに改めて気づかされる。
最初にゴジラが登場するシーンは海が光ることで表現されている。
この海が光る表現は後の東宝怪獣映画でも踏襲されていく表現だけど、この映画のそれは明らかに水爆実験そのものを暗示している。
漁師の「海が爆発した」と言うセリフも生な感じだ。
志村喬演じる山根博士ら調査団が大戸島に向かうシーンは俊鶻丸がビキニ諸島に向かったときの記録映像と似ている。
俊鶻丸の出航は5月で、映画の撮影より前なので、意識した可能性がある。
放射能マグロの話題等も出て、それこそ当時テレビや新聞で連日報道されていたはずの内容がかなりストレートに表現されている。

1954年がサンフランシスコ講和条約締結から3年、発効から2年という時期であることも注目していい。
2年前までは日本はまだ「占領下」だったのである。
その時期であればこのような表現は許されなかっただろう。
事実アメリカ公開版の「ゴジラ」では反水爆、反米的表現は削除されているそうだ。
言いたいことを自由に言える状況がやっと生まれたところで「ゴジラ」は作られたのだ。

1954年が終戦からまだ10年経っていない時期だということも頭に入れておく必要がある。
今から9年前と言えば2005年だ。
僕らくらいの年になると、ついこの間、という感覚ではないか。
東京が火の海になる、というのはこの時代には絵空事ではなかった。
つい昨日のことのようにその景色を覚えている人間がこの時代にはたくさんいたのである。
広島、長崎の原爆投下からもまだ9年しか経っていない。
そう考えると「ゴジラ」という映画の持つ生々しさがよく分かる気がする。

この映画は「賛助 海上保安庁」というクレジットから始まるが、自衛隊もこの映画に協力している。
自衛隊の創設はこの年の7月。
映画の制作時にはすでに自衛隊が存在したはずなのだが、この映画の中では「海上保安隊並びに防衛隊」とされていて、なぜか自衛隊の名前は出てこない。
細かいところだけどちょっと気になった。

乙女達の祈りのシーンで不覚にも涙がこぼれた。
色褪せぬ名作である。
山根博士の古生物学の知識にはいくつも疑問符がつくが。
(ジュラ紀が200万年前というのは2桁間違ってるし、三葉虫は古生代末に絶滅しているので中生代の恐竜とは時代がかぶっていない。)

ニッポン無責任野郎

さて、2014年初の火曜邦画劇場、今回は「昭和の爆笑喜劇DVDマガジン」Vol.3「ニッポン無責任野郎」を観た。
1962年12月公開の東宝映画。
前作の「ニッポン無責任時代」が同じ1962年の7月公開なので、半年で新作が公開されたわけである。
監督は同じ古沢憲吾。

今回植木等演じるのは、源等(みなもとひとし)。
「ニッポン無責任時代」の主人公が平等(たいらひとし)なので、源平になっている。
主人公のC調ぶりに磨きがかかって、前作以上に面白かった。

まず、タイトルデザインがかっこいい。
白黒のおしゃれなデザインで、まるでソール・バスみたいだ。
あ、ソール・バスというのは昔のデザイナーで、映画のタイトルデザインで有名な人ですよ。

常務派と専務派の対立、ってのは話にはよく聞くけど別世界の話なのでよく分からないのだが、そこに我らの源等が飛び込んで引っかき回す。
これはあれだな、トリックスターだ。
神話に出てくる、いたずら好きの神様だ。
北欧神話のロキみたいな、真夏の夜の夢のパックみたいな。

会社でむちゃくちゃやりながら、恋のキューピッド役買って出たり、ちゃっかり自分も妻を娶ったり。
この源夫婦が、共働きで生活費を割り勘にしているところなんかは、この時代としてはかなり進んでいたのではないか。
谷啓演じる同僚も結婚するのだが、こちらは嫁姑の、多分当時のある種ステレオタイプなシチュエーション。
そこにC調男の源等が乗り込んで、見事に解決しちゃうアクロバティックな展開が痛快だ。
脚本上手いなー。
お母さん役の浦辺粂子がすごくいい。

そして、本筋の常務専務派の争いにも見事なオチが待っている。
これはびっくりした。
正月にふさわしいめでたい映画でした。
前作ともつながってるので、ご覧になるときは是非「ニッポン無責任時代」から。
タイトル紛らわしいので間違わないでね。
プロフィール

おがわさとし

Author:おがわさとし
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