アマハラ

維新派の舞台を初めて観たのは20代最後の日のことだ。1992年7月16日。屋内公演ながら強烈な印象だった。その秋に観た大阪南港での野外舞台版「虹市」ですっかりファンになってしまった。
あれからもう24年も経つのだと考えるとびっくりする。その間維新派の舞台は全部ではないがほとんど観ている。僕にとってそんな劇団は維新派しかない。
その維新派の主催者松本雄吉さんが今年6月に亡くなった。呆然とした。今年になって松本さんが維新派以外で演出をした「レミング」と「PORTAL」を観ていたので、なおさらショックだった。
だから秋の公演が予定通り行われることになったのを知ったときは嬉しかった。

維新派最終公演「アマハラ」を観た。
実は平城宮跡に来るのは初めてだ。こんなに広い平らな地面に何もない。壮大でありシュールですらある。
その何もない空間の中にいつもの屋台村が現れる。
維新派の屋外公演といえば屋台村だ。雑多で怪しげで祝祭的だ。
開演時間はまだ陽が残っている17時15分。舞台は巨大な船の形をしている。
静かに舞台が始まる。
平城京と遣唐使のイメージ。海を渡る人々。時は流れ明治期に南洋を目指した人たち。南の島々。野心。成功と挫折。そして戦争。
白塗りの少年たち、少女たち、帽子をかぶった女たち、言葉遊び、内橋和久さんの音楽、巨大な動く美術、舞台の向こうに広がるアマハラ。
クライマックスでは涙がこぼれた。
維新派の最後を飾るのにふさわしい舞台だったと思う。

舞台が終わった後もしばらく実駒と屋台村で名残を惜しんだ。
クロワッサン・サーカスの曲芸も楽しんだ。
維新派の舞台も屋台村ももう来ることはないんだな。
まだ実感が湧かない。
ありがとう、維新派。
そしてさようなら。
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「君の名は。」と「怒り」と「パコ・デ・ルシア」

先日実駒とまた映画を三本はしごした。
「君の名は。」「怒り」「パコ・デ・ルシア/灼熱のギタリスト」の三本。
前二本はMOVIX京都、最後の一本は京都シネマ。
三本ともよかった。大したネタバレはしてないけど、未見の方は注意。

今年の大ヒット作である「シン・ゴジラ」と「君の名は。」が二本ともポスト3.11映画としての側面を持っているのは興味深い。
東日本大震災という未曾有の体験をエンターテイメントの中で扱うのは勇気のいることだ。
表現者として時代に真摯に向き合った結果なのだと思うし、敬意を払いたい。
その上でポスト3.11映画としては、僕は「君の名は。」の方により感情を揺さぶられた。
とてつもない喪失もそれを直接体験しない者の記憶からは速やかに失われていく。
被災者の名簿は見知らぬ誰かの名前の羅列だ。
そこにこの映画はフィクションの手法で鮮やかに橋をかける。
観客はその名前に意味を見出す。
それは大切な「君の名」だ。
三人称ではない、二人称の名前なのである。
あくまで切ない青春エンターテイメントSFという枠組みをきっちり守った上で、「君の名は。」と問い続けることの重さがこの映画を特別なものにしている。
物語の最後、実際に何が起こったのか登場人物の誰も知らない(覚えていない)というのも魅力的な仕掛けだ。
それは誰の物語でもありえた奇跡なのである。

「怒り」は一つの殺人事件を巡って三つの物語が並行して描かれる重厚な映画。
三つの物語は基本的に交わらない。
この三つの物語が「信じる」ということについての三つの変奏曲になっている。
信じること、信じようとして信じきれないこと、裏切ること、裏切られること、それでも信じようとすること。
物語の強度を支えているのはオールスターキャスト的な俳優たちの真に迫った演技だ。
実は僕は映画を観る時そんなに役者に注意して観る方ではないのだけど、この映画の役者たちの存在感は凄い。
この映画は明るい映画ではない。
しかし観終わった後の印象は決して暗くない。
残酷な現実を直視しながら希望を失わない優しさがこの映画にはある。
スター級の役者たちの中で頑張っていた新人の佐久本宝くんにも注目したい。
しかし池脇千鶴さんがもうおばさん役なのか。そうか。

三本目は打って変わって、2014年に亡くなった天才ギタリスト、パコ・デ・ルシアのドキュメンタリー。
学生時代にパコ・デ・ルシア、アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリンのスーパー・ギター・トリオのCDを聴いて衝撃を受けて以来、パコ・デ・ルシアという名前は僕にとってちょっと特別なものなのだ。
監督はパコ・デ・ルシアの息子である。
映画はパコ自身の言葉を通して天才ギタリストの生涯を誠実に描いている。
基本的に真面目な努力の人なのである。
フラメンコの中から出てきてその枠を越えていった人だが、反逆のための反逆をする人ではない。
フラメンコの伝統を尊重しながら、自身の音楽的良心との間で葛藤して音楽を作ってきた人なのが分かる。
そして優れた才能を持った他者に対して謙虚だ。
ジャンルを問わず優れた才能には惚れ込んで自分の中に取り入れていく。
ラリー・コリエルに、アドリブはどうやるんだ、と聞くエピソードが好き。

三本観て疲れたけど充実した映画体験だった。
パコ・デ・ルシアのアルバム集めたいな。

みなみ会館三本立て

京都みなみ会館でまったく毛色の違う三本の映画を立て続けに観た。
「夢二〜愛のとばしり」、「ハイ・ライズ」、「グッバイ、サマー」の三本。

「夢二〜愛のとばしり」は美術や衣装が大変良く、何度も挿入される夢二の詩と相まって、時代の雰囲気がよく出ていた。音楽もいい。たまきを演じた黒谷友香さんがすごい迫力。かたや彦乃を演じた小宮有紗さんは可憐で儚げ。おようは最後にちらっと出てくるだけなので、このあと関本郁夫監督の「およう」を観ると内容的につながっている感じになるのではないか。駿河太郎さんの夢二はけっこう駄目な人なのだけど、「およう」の夢二のあとだとそんなに嫌なやつな感じはしない。これ観て大正時代と70年代四畳半フォークの世界ってちょっと似てるなあと思った。女々しい男と健気な女のウェットな抒情の世界。嫌いじゃないです。あと恩地孝四郎が出てきたのが個人的にちょっとお得感。

「ハイ・ライズ」はJ.G.バラードの異色近未来SFの映画化。テクノロジーの発達した高層マンションの内部で原始的で本能的な闘争の世界が繰り広げられる。ちょっとした異変からどんどんエスカレートしていく退廃と暴力。そこに寓意を見ることも出来るのだろうけど、その退廃と暴力に何か中毒性のある魅力がある。トム・ヒドルストン、ジェレミー・アイアンズ、ルーク・エヴァンスという豪華なキャスティングも魅力。

「グッバイ、サマー」はフランス映画。中学生男子二人の青春ロード・ムーヴィ―。原題は「ミクロとガソリン」で、このミクロとガソリンというのがその二人のあだ名なのだ。思っていた以上に笑える映画で、ちょっとやり過ぎ感のあるくらいのサーヴィス精神溢れる作品になっている。主役二人が魅力的で二人とも新人らしいけど人気出るんじゃないかな。特にしょっちゅう女の子に間違えられるダニエル(ミクロ)を演じたアンジュ・ダルジャンが可愛い。あと二人が移動する車(?)が何と言ってもよい。こういうの大好き。大傑作というわけではないが愛すべき映画。

三本続けて観るのはきついかなと思ったけど、それぞれカラーの違う映画で楽しめた。最後爽やかに締めくくれたのもよかった。みなみ会館、あいかわらずいい映画をかけてるな。また来ます。
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