この世界の片隅に

最近、教育学者でヨーガにも詳しいある人に、美しい所作の一つの特徴は「全ての動きが等速である」ことだと教わった。等速であるということはどの瞬間にも意識を置き味わっていくということであり、それは最近流行りのマインドフルネスの本質でもある。
こうの史代さん原作、片渕須直監督作品「この世界の片隅に」を観た時にそのことを思い出した。僕らは作品を作る時、緩急をつけることを大事にするし、学生にもそう教える。しかし「この世界の片隅に」という映画は、もちろん映画としての緩急はあるし省略や強調もあるのだが、全体に「等速」に進んでいくような印象を受けた。それはこの映画が昭和8年から21年にかけての呉での生活をすずさんという一人の女性の目を通して丹念に味わい尽くすことを主眼に置いているからだと思えた。そこにはもちろん戦争の悲惨もあるのだが、生活という日常に戦争という非日常が入ってくるのではなく、戦争がある日常が他の様々な要素とともに続いていくのである。その生活のひとつひとつの感情に映画は丹念に寄り添いながら適度に距離を持って眺めていく。そこに生きる人たち、風景、植物や鳥や昆虫までを等しい距離感で描き出していく。
こうの史代さんも片渕須直監督も僕を含め観客の多くもあの時代を生きたわけではない。その僕らがあの時代を向こう側の話としてではなく今生きている日常の延長線に見出すためにこの映画は膨大な考証と繊細な想像力を駆使して作られている。しかしこの映画を観るのに特別な知識や理屈はいらない。ただ丹念に味わうことだけが求められている。その体験は僕らの想像力の射程を少し伸ばしてくれるだろう。例えばインターネットの向こうの戦火の下にある僕らとさほど変わらないだろう人たちのささやかな生活に思いを馳せる程度には。それがこの映画の与えてくれる希望である。
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