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ミュシャ展二つ

またまた間が開いてしまったけど、ちょっとまとめて書くよ。

3月に京都と東京でアルフォンス・ミュシャの展覧会を続けて見た。
まず3月21日に見たのが美術館「えき」KYOTOの「知られざるミュシャ展 -故国モラヴィアと栄光のパリ-」。
次いで3月24日に見たのが東京の森アーツセンターギャラリー「ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り」。
ややこしいなあ。

どちらもパリとモラヴィアという地名が入っている。
モラヴィアと言われてもなじみが薄いけど、今のチェコの東側だそうだ。
9世紀から10世紀にかけて、スラブ人の築いた大モラヴィア王国というのがあって、そこが東フランク王国に屈服したり、マジャル人に征服されて大ハンガリー王国に従属したり、ハプスブルク家の支配下に入ったりして、20世紀にはチェコスロヴァキアとして独立、東欧革命でチェコとスロヴァキアに分離して今に至る、ということらしい。
これはウィキペディアの受け売り。
要するに民族の入れ代わりの激しい土地で激動の歴史をくぐってきた土地なのだ。
ヨーロッパとアジアの狭間にあるこの辺りの国の多くが同じように複雑な歴史を背負っている。
二つの展覧会はパリで成功したミュシャが、晩年故郷モラヴィアでスラブ人としてのアイデンティティーを強く打ち出した大きな仕事をしていく、という流れになっているところは共通している。

ミュシャを最初に知った高校時代には、まだソ連と東欧圏が冷戦の一方を担っていた。
チェコスロヴァキアは一つの国で、共産圏だった。
その後80年代末からソ連と東欧で起こった巨大な変化は記憶に新しい。
僕にとっては世界史的な時間が今まさに大きく動いていることを実感させられた最初の出来事だった。
ミュシャにとって、20世紀前半の第一次世界大戦とチェコスロヴァキアの独立は、自分が歴史のうねりの中にいることを強く意識させられた出来事だったのだろうことは想像に難くない。
時代の寵児だった広告画家が祖国を愛する国民画家になっていくのは必然だったのだろう。

もちろん僕は国民画家としてのミュシャがサラ・ベルナールお気に入りのポスター画家としてのミュシャより偉大だと言おうとしているわけではない。
物を作る人間が、その時代と土地に無関係でいられるわけではないことを改めて実感したというだけだ。
たぶんそれはどの時代のどの土地のクリエイターでも一緒なんだと思う。
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