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キューポラのある街

毎週水曜をB級ナイトに決めて、B級映画のDVDを観ているわけだが、柳の下の二匹目の泥鰌を狙って、毎週火曜を邦画特等席と決めたのだ。
ってどんな泥鰌だよ。

とりあえず第1火曜と第3火曜は去年出た日活100周年企画「吉永小百合 私のベスト20」を順番に観る。
そして第2火曜と第4火曜は「昭和の爆笑喜劇DVDマガジン」をこれも順番に観る。
決めた。決めました。

今日観たのは浦山桐郎監督「キューポラのある街」。
言わずと知れた吉永小百合の出世作だ。
1962年、昭和37年の作品である。
1962年、昭和37年である。
大事なことなので二度言いました。
どう大事なのかというと、この年は僕が生まれた年なのである。
この年の7月に僕は生まれたのだが、「キューポラのある街」の公開はこの年の4月。
生まれるちょっと前。

そう思って観るとどの場面、どのセリフも興味深い。
裸電球、ちゃぶ台、窓の割れたのを丸いシールみたいなの並べて補修しているやつ、伝書鳩、木の電柱、白黒テレビ、バラック、牛乳配達少年、新聞少年、水飲み鳥、ホーロー看板、アンネ、ちょうちんブルマ、手動のパチンコ台、オッスという挨拶、電報 etc.。
うわ、なんだこのタイムスリップ感覚。
昔かたぎで飲んだくれの鋳物職人の父親(東野英次郎)も腕白な弟のタカユキも、うちの家族とは全く似てないのに他人の気がしない。
こういうキャラクターをテレビやマンガでいっぱい見てきたのだ。
そして、戦争になりゃまた儲かる、なんてことを言う父親を「自己中心主義!」と批判するジュン(吉永小百合)。
ジュンって名前はこの頃だったらかなりハイカラだったはず。
いかにも昭和的なまっすぐな正義感。
若い頃に観たら、けっ、て思ってた、たぶん。
子どもが親を「自己中心主義」って批判するのって今観ると新鮮。

社会派ドラマなので、当時の世相もいろいろ登場する。
何より「貧乏」が作品の中心的主題としてまだまだ現役だった時代。
中学生がパチンコ屋で働いたり、小学生が新聞配達したりするのって、今の時代からすると別世界だ。
実際僕自身は高校ですらアルバイトの経験はない。
周りにもそういう子がそんなにいたわけではない。
やっぱりマンガで見てるんだよな、こういうの。
赤塚不二夫先生のマンガに新聞配達する子どもよく出てきた。

中学校の学級会でおこづかいを500円から上げるべきかどうかを議論する場面があるんだけど、これはぎりぎり分かる。
「コクリコ坂から」に出てくるみたいなやつ、と言えば今の子にも雰囲気伝わるか。
高校がわりとこういう雰囲気だった。
月に一回アッセンブリーアワーというのがあって、「学校でサンダル履きは許されるか」なんていうことをわりと真剣に議論していた。

在日の問題もかなりストレートに扱っている。
在日の子どもが学芸会で「にんじん」の主役をやっていると、周りの子どもたちが「朝鮮にんじん!」と囃したてる。
この子とお姉さんと父親は後で北朝鮮に帰国するのだけど、これは今観るとかなり複雑な印象を受ける。
ジョンウンのお祖父さんのキム・イルソン主席の時代。

よくも悪しくもこの時代というものを凝縮したような一本だ。
風景もキャラクターもストーリーも。
映画がいかに時代の証人たりうるか、ということを明かしているような映画だ。

特典映像で当時のニュース番組が入っているんだけど、その一つが「子どもとマンガ」。
小学校で4時間ぶっ通しでマンガを読ませる「逆療法」のニュース。
思わず「ギャフン」って言いそうになった。
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