愛と死をみつめて

先週はすることがあって、観る予定だった「昭和の爆笑喜劇王」を観ることが出来なかった。
そんなわけで、先々週に引き続き、「吉永小百合私のベスト20」を観る。

今日観たのは「愛と死をみつめて」。
昭和39年(1964年)の斉藤武市監督作品。
以下ネタバレご免。

DVDマガジンには「難病に冒されたミコ(これが吉永小百合)と、文通相手マコ(浜田光夫)の純愛物語」とある。(カッコ内は筆者)
なんだ、難病ものか、と思った人もいるであろう。
正直僕も、難病ものかあ、と思った。
しかし、この映画、そんな分類に簡単に収まるような映画ではなかった。

まず、難病が、顔面の軟骨肉腫である。
最初、眼帯をしていたヒロインは、手術で顔の左半分を失い、その後はずっと顔の左側に大きなガーゼを貼っている。
手術についても「顔がつぶれる」というような直接的な言葉が使われている。
そしてそのあと、顔も右半分にも転移し、その手術は不成功に終わる。
この手術の直後の吉永小百合は右目と口の右半分以外包帯に覆われている。
今人気女優を主人公にして難病ものを撮るのに、こんな設定はありえない。
放射線治療で髪が抜ける、といったところまではさすがに再現していないが、基本的なところでこの映画は逃げていない。

この映画は実話を元にしている。
前年に亡くなった大島みち子さん(映画では小島道子)と川野実さんの往復書簡がベストセラーになり、それを吉永小百合さん本人が、どうしてもやりたいと日活にお願いして作った映画、だという。
吉永小百合さんも作り手も相当覚悟を決めて作った映画なのだろう。
本気度が違う。

病院での闘病も具体的でリアルだ。
同室の患者(ミヤコ蝶々)が創価学会(名前がそのまま出る)だったりするのも当時の世相を反映しているのだろう。
父親が中小企業勤めで、入院費も馬鹿にならない、といった話も出る。
当時の医療や保険制度についても触れられていて、社会派的な側面もある。
担当医が病室に来ていきなり煙草を吸いだしたのには驚いたが、当時はそういうものだったのだろう。
この頃は女性入院患者が男性入院患者の洗濯を引き受けるという習慣があったらしく、これも今見るとずいぶん奇異に感じる。
ミコが担当する入院患者を演じたのは宇野重吉で、さすがの貫禄だ。
ミコを妬んで、詰め寄る女のシーンはこの映画の中でも強烈な印象を残す。

出番は多くはないが、娘に先立たれる父を笠智衆が演じている。
表情が豊とは言えない笠の静かな演技が昭和の父親像を見事に捕らえている。

基本的にリアリズムに裏付けられながら、懸命に生きるミコと、ミコに寄り添い、時に衝突するマコの姿を、映画はセンチメンタルに流されることなく、文字通り「みつめて」いる。
そこが凡百の「難病もの」と根本的に違うところだ。
若い人が死ぬ、という、辛いけれども現実にある出来事をこの映画は臆することなく描く。
ラストも美談にしてしまわない。
しかしそこにはどこか宗教画のような感動がある。
難病ものか、と思った人にこそ観てほしい映画。

しかしこういう映画を観ると、いかに今の僕らがオブラートにつつんだ物言いに慣らされているかが分かる。
それにはそれの利点もあるが、そこで失われているものも確実にあるのだ。
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