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利休にたずねよ

秀吉映画、二本目は「利休にたずねよ」。
利休についてちゃんと勉強したことはないんだけど、利休の出てくる映画は熊井啓監督の「千利休 本覚坊遺文」と勅使河原宏監督の「利休」を観ている。
なんとなく気になる人物なのである。
気になるのは一つは利休というのがよく分からないからだと思う。
西洋的な意味でのアーティストなのかというとそうでもない気がする。
西洋的なアーティストというのは何より「作品」を作る人だと思うんだけど、利休の場合「作品」というのが何になるのかよく分からない。

この映画の中で、利休が信長に、水を張った硯箱の蓋に空の月を映して見せる、というシーンが出てくる。
この美のあり方は、その瞬間、その場にいないと体験できない。
その一回性というのが利休の美の一つの特質なのではないかと思った。

また、利休が茶の席で秀吉にひえの粥を振る舞うシーンがある。
農民出身の秀吉は昔を思って涙するのだが、このシーンでの茶はまるでカウンセリングのようだ。
西洋的なアートというのは、作者、作品、鑑賞者がある程度独立しているということが前提にあるように思う。
作品は作者からある程度独立して価値を持ち、鑑賞者はそれをある程度客観的に鑑賞できる。
しかし、利休が茶を降るまい、それを秀吉が受けるとき、利休、茶、秀吉の間に主客のはっきりした境はない。
そんなところが利休の美学の特質なのかな、と観て思った。

さて、映画としてだが、これは風格のある、「清須会議」とはまた違った魅力のある映画だ。
利休切腹の直前から始まり、一度時間を遡って、そこからまた少しずつ切腹のときに近づいていく。
再び切腹の朝まで来て、今度はさらに若いときに遡る。
そこで利休の秘められた恋が語られる。
相手は高麗の女で、言葉の通じない二人が漢字を書いてやり取りするシーンは感動的だ。
同じ漢字文化圏の二つの国だからこそ成り立つコミュニケーション。
そして、その女への思いに気づいた利休の妻宗恩の葛藤。
ラストは深い余韻を残す。
涙がこぼれた。

映像に気品があり、利休役の市川海老蔵、宗恩の中谷美紀、秀吉の大森南朋ら役者陣も充実。
瓦職人の長次郎を柄本明がさすがの貫禄で演じている。
田中光敏監督作品を観るのは初めてだけど、日本映画の底力を感じさせる一本だった。

あと、秀吉特集的に面白かったのは、大泉洋と大森南朋というタイプの異なる役者が演じる秀吉像もさることながら、「清須会議」で織田信長の弟、織田三十郎信包を演じた伊勢谷友介が「利休にたずねよ」で織田信長を演じていて、「清須会議」で秀吉の妻寧を演じた中谷美紀が「利休にたずねよ」では利休の妻宗恩を演じている、というところ。
伊勢谷君は織田信長系の顔、というのは誰しも思うんだな。
中谷美紀さんは、「清須会議」では陽気でノリノリの寧を、「利休にたずねよ」では対照的に物静かだがうちに情熱を秘めた宗恩を演じ分けていて感心した。
二本とも合戦や派手なシーンはないんだけど、時代劇ならではの醍醐味に溢れた見応えのある映画だった。
甲乙つけ難し。
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