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エンダーのゲーム

昨日「エンダーのゲーム」を観た。
ネタバレ少しあり。
あと、原作ファンの人にはごめんなさい。
先に謝っとく。

実は僕は原作が嫌いだ。
主人公が、子供がそのような環境で育てられるべきでは決してない環境で殺戮者として育てられ、汚い大人の手で本人の知らない間に一つの種族を全滅させる兵器として使われる話である。
どこにいい話の要素があるのか理解できない。
最後の取ってつけたような一章も、大量殺戮を合理化するために設けられたような章で、僕はそこも含めて嫌いなのだ。

それでなんで観にいったのかと言うと、映像がすごそうなのと、予告編で観た主人公エンダーがわりと魅力的に見えたからだ。
最初の方は観ていてやはり好きになれなかった。
なんと言うか、キューブリックの「フルメタル・ジャケット」の兵隊がみんな子供なのだ、と言えば、それがいかにグロテスクか分かるのではないか。
ブラックなところを楽しむ作品だと言うなら分かるんだけど、そうでもない風だ。
みんなそんなに軍隊が好きなの?
エンダーの上司のグラッフと言うキャラクターが僕は大っ嫌いだが、それをハリソン・フォードが演ったからと言って好感度が上がったりしないのだ。

ただ、映画としてそれなりによくは出来ている。
映像もそれなりに面白い。
エンダー役のエイサ・バターフィールドも好演している。

で、最後の大量殺戮だ。
どうにもやり切れない。
ところが、このあとのやり取りが原作と映画では少しニュアンスが違うような気がした。
原作でもエンダーは自分が道具にされたことに抗議するのだが、何となく丸め込まれたような感じの曖昧でもやもやしたものを残したまま、最終章の今さら妙に反省したみたいな、先住民をあらかた滅ぼしたあとに残された孤児は大切に育てました的なエンディングが入る。
滅ぼした当の相手に許してもらうことで、大量殺戮を合理化するようなあざとさを感じる。
何度も言うが僕はこういう自己欺瞞的な展開が大っ嫌いだ。

ところが、映画のエンダーは、自分が道具にされたことに本当に怒っている。
グラッフやメイザー・ラッカムや大人たちを決して許していない。
そして、新しい可能性にかける。
これなら少しは納得ができる。

もしかすると僕の原作の読みが間違っているのかもしれないし、続編がどうなっているのかも知らない。
僕が読んだ原作は改定前のもので、今翻訳が出ている新しいヴァージョンではまたニュアンスが違うのかもしれない。
あくまで僕の原作の読みなので、オースン・スコット・カードが意図したこととは違うかもしれないことをお断りしておく。

でもまあ、子供が軍隊に入るようなことはフィクションの中だけにしてほしい。
現実はそうではないのだが。
あと、同じ戦争ごっこSFなら「パシフィック・リム」みたいなのの方が気楽に楽しめて僕は好きだな。
どちらも本当の戦争とは全く別物なんだから、だったら最初から嘘です、って言っちゃってる方が好感持てる。
戦争ごっこなら僕も好きですよ。
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