二十四時間の情事

先週は火曜水曜が遅かったので、木曜月極映画祭のみ。
アラン・レネ特集、3作目は「二十四時間の情事」。
1959年のフランス・日本合作映画。
現代は「Hiroshima mon amour」。
最近は「ヒロシマ・モナムール」というタイトルで紹介されることもある。

大学時代、ということは今から三十年くらい前に一度観て、その時はよく分からなかった。
今観ると、別に難解な映画ではない。
まあ、三十年もすると人間少しは成長するものである。

広島でともに結婚しているフランス人の女(エマニュエル・リヴァ)と日本人の男(岡田英次)が情事を重ねる。
そこに戦争の記憶が重なっていく。
前半はそれまでのドキュメンタリー映画に近い手法で広島の原爆被害が描かれる。
しかし、映画の描くのは、原爆資料館を訪れ溶けた自転車や被爆者の写真や再現映像を見ることで、本当に広島の悲劇は共有されるのか、という問いであり、記憶と認識を巡るアラン・レネ流の思索である。
男はフランス語を話すのだが、「広島」は「ヒロシマ」と発音する。
女は、フランス語ではhを発音しないので、「イロシマ」と発音する。
原爆投下で家族を失った男の「ヒロシマ」と、広島で反戦映画を撮るために来日している女優の「イロシマ」との間にある埋め難い溝。

広島についての話から始まって、物語は女の過去へと遡る。
女はヌベールというフランスの田舎町にいた少女の頃あるドイツ兵と愛し合った。
ナチス占領下のフランスである。
フランスが解放された後、ドイツ兵は殺され、女は祖国に対する裏切り者として周囲から迫害される。
髪を切られ、地下室に閉じ込められ、心を病む。
その体験を聞いて、男は初めてその女を理解出来たと感じる。

男にも女にも家庭があり不倫の関係な訳だが、本質は日本の歴史の中に根っこを持つ男とフランスの歴史の中に根っこを持つ女が本当に理解し合うことが可能なのか、という問いだろう。
それがマルグリット・デュラス脚本の愛の物語の中で問い続けられる。
戦争と記憶と認識を巡る物語ではあるが、抽象的な話ではなく、あくまで具体的な肉体性を伴った物語である。
そこがこの映画のすごいところだ。

あと、クライマックス辺りでエマニュエル・リヴァと岡田英次が駅の待合室で、おばあちゃんを挟んで座るシーンがあって、このおばあちゃんがすごくいい味。
セリフがきれいな標準語なのはちょっと違和感あるけど、いい絵です。
レネのユーモアのセンスを感じる。
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