ハッピーエンドの選び方

イスラエル映画「ハッピーエンドの選び方」を観る。
安楽死の問題を真正面から描いた喜劇映画。

まず、このミスリーディングな邦題に文句を言いたい。
原題(英題)は「THE FAREWELL PARTY」。
PARTYはこの場合はたぶん「パーティ」ではなく「集団、一行」の方の意味。
最近はゲームでよく使われる意味ですね。
「さよなら会」に引っ掛けて「さよなら団」という意味を持たせている。
では「さよなら団」とは何か。
主人公のヨヘスケルは老人ホームで暮らす発明家で、同じホームに暮らすヨナの夫を安楽死させる装置を作ることになる。
それに獣医のダニエルや元警官のセーガルらが加わって、安楽死を請け負う一行が出来上がる。
みんな迷いもなく安楽死を決行しているわけではなく、迷いも葛藤もありながら、そして一人一人がそれぞれの考えを持ちながら、自ら最後を選ぼうとする友人たちを助けようとするのだ。
それが「さよなら団」。(映画の中でその名前で呼ばれているわけではないが。)
そもそもかなりブラックなタイトルなのである。
ちなみに「仲間を集めてミッションに繰り出すという設定」は黒澤明の「七人の侍」の影響なのだそうだ。

この映画は喜劇映画としてとてもよく出来ていて、いたるところに笑いがある。
ブラックな笑いもなくはないが、むしろ老人たち(イスラエルでは有名な喜劇役者たちらしい)の一人一人が愛おしくなるような温かさがある。
年老いたゲイのカップルが当たり前のように出てくるのも好感が持てる。
しかし、扱っているテーマそのものはとてもシリアスなものだ。
そして、テーマに関するかぎり、監督たち(この映画の脚本・監督はシャロン・マイモンとタル・グラニットの男女の二人)は逃げていない。
人間は誰でも最後は死を迎える。
その死をどう迎えるのか。
安楽死は許されるのか。

ヨヘスケルの妻レバーナが認知症になり、物語は佳境に入る。
認知症の症状は非常にきめ細かく表現されていて、リアルだ。
もちろんそこでも過度に湿っぽくなったり暗くなったりするのではなく、映画は笑いを織り交ぜながら進んでいく。
しかし、最後に彼らは決断をしなくてはならなくなる。
それは「ハッピーエンドの選び方」というような甘ったるいものではないのである。

映画は一つの結論を押し付けようとはしていない。
むしろ問題を提起して、自分たちの問題として考えるよう観客を促す。
認知症の問題に関しては、たぶん、西洋人(イスラエル人を含めて)は日本人より心と理性を同一視する傾向が強いのではないかという気がする。
日本人は認知症になったからといってその人がその人ではなくなるとはあまり考えない。
しかし、この問題は最後は個人の問題だ。
結局自分の問題としてその問題を考えるしかないのだ。

イスラエルの映画というのを観るのはこれが初めてのような気がする。
ニュースで聞くイスラエルという国の印象はあまり良いものではない。
しかしこうやって映画を観るとイスラエルの人たちが僕らと同じように悩み、笑い、泣いているのだ(ヘブライ語で)というのが実感として分かる。
そういうことってけっこう大事なことだと思うんだ。
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