「君の名は。」と「怒り」と「パコ・デ・ルシア」

先日実駒とまた映画を三本はしごした。
「君の名は。」「怒り」「パコ・デ・ルシア/灼熱のギタリスト」の三本。
前二本はMOVIX京都、最後の一本は京都シネマ。
三本ともよかった。大したネタバレはしてないけど、未見の方は注意。

今年の大ヒット作である「シン・ゴジラ」と「君の名は。」が二本ともポスト3.11映画としての側面を持っているのは興味深い。
東日本大震災という未曾有の体験をエンターテイメントの中で扱うのは勇気のいることだ。
表現者として時代に真摯に向き合った結果なのだと思うし、敬意を払いたい。
その上でポスト3.11映画としては、僕は「君の名は。」の方により感情を揺さぶられた。
とてつもない喪失もそれを直接体験しない者の記憶からは速やかに失われていく。
被災者の名簿は見知らぬ誰かの名前の羅列だ。
そこにこの映画はフィクションの手法で鮮やかに橋をかける。
観客はその名前に意味を見出す。
それは大切な「君の名」だ。
三人称ではない、二人称の名前なのである。
あくまで切ない青春エンターテイメントSFという枠組みをきっちり守った上で、「君の名は。」と問い続けることの重さがこの映画を特別なものにしている。
物語の最後、実際に何が起こったのか登場人物の誰も知らない(覚えていない)というのも魅力的な仕掛けだ。
それは誰の物語でもありえた奇跡なのである。

「怒り」は一つの殺人事件を巡って三つの物語が並行して描かれる重厚な映画。
三つの物語は基本的に交わらない。
この三つの物語が「信じる」ということについての三つの変奏曲になっている。
信じること、信じようとして信じきれないこと、裏切ること、裏切られること、それでも信じようとすること。
物語の強度を支えているのはオールスターキャスト的な俳優たちの真に迫った演技だ。
実は僕は映画を観る時そんなに役者に注意して観る方ではないのだけど、この映画の役者たちの存在感は凄い。
この映画は明るい映画ではない。
しかし観終わった後の印象は決して暗くない。
残酷な現実を直視しながら希望を失わない優しさがこの映画にはある。
スター級の役者たちの中で頑張っていた新人の佐久本宝くんにも注目したい。
しかし池脇千鶴さんがもうおばさん役なのか。そうか。

三本目は打って変わって、2014年に亡くなった天才ギタリスト、パコ・デ・ルシアのドキュメンタリー。
学生時代にパコ・デ・ルシア、アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリンのスーパー・ギター・トリオのCDを聴いて衝撃を受けて以来、パコ・デ・ルシアという名前は僕にとってちょっと特別なものなのだ。
監督はパコ・デ・ルシアの息子である。
映画はパコ自身の言葉を通して天才ギタリストの生涯を誠実に描いている。
基本的に真面目な努力の人なのである。
フラメンコの中から出てきてその枠を越えていった人だが、反逆のための反逆をする人ではない。
フラメンコの伝統を尊重しながら、自身の音楽的良心との間で葛藤して音楽を作ってきた人なのが分かる。
そして優れた才能を持った他者に対して謙虚だ。
ジャンルを問わず優れた才能には惚れ込んで自分の中に取り入れていく。
ラリー・コリエルに、アドリブはどうやるんだ、と聞くエピソードが好き。

三本観て疲れたけど充実した映画体験だった。
パコ・デ・ルシアのアルバム集めたいな。
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