SPACE BATTLESHIP ヤマト

「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を観にいった。

好き嫌いはともかく「宇宙戦艦ヤマト」から日本のオタク文化が始まったことは否定しがたいと、同時代を生きていたものとして思う。
もちろんその前に鉄腕アトムもウルトラマンも仮面ライダーもあったのだが、大人がアニメやマンガや特撮について熱く語っても許されるという文化は「ヤマト」から始まったと思う。
僕自身は「ヤマト」のセンチメンタリズムやナショナリズムの匂いにいささか反感を感じて距離をとっていたつもりだったが、それでも古代進や森雪はもちろん、加藤や斉藤や相原といった脇キャラの名前まで記憶に刻まれているのでは、ヤマト世代と括られても文句の言いようがない。
高校に入った頃、クラブ見学に行ったら、商業美術部の先輩がヤマトのセル画を飾っていて、即入部したのも懐かしい思い出だ。
後で聞いた話では、その当時まだアニメ用のセルやアニメックス(なんてものも今の若いオタクたちは知らないだろうが)が手に入らなくて、大きなセルロイドを切って、絵の具を膠で溶いて彩色したのだそうだ。
オタク創成期ならではエピソードだ。

そんな僕にとって「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を客観的に観ることは思いのほか難しかった。
正直に言おう。
僕は映画を観ている間に何度も泣いてしまった。
この映画に手もなく感動させられた僕に「アバター」を笑う資格はないだろう。
実際、地球の危機を扱った映画なのにスクリーンに非日本人が一人も映らないこの映画を、外国人が観たらたぶん奇異なものに映るだろう。
俯瞰的な視点を持たない、島国根性の浪花節映画だと言われても反論できない。

映画は基本的にオリジナルの設定に忠実で、それに半ひねりくらいのひねりが加えられている。
森雪はブラックタイガー乗りに、島大作は子持ちに、佐渡先生は女性に、ガミラスやイスカンダルや放射能除去装置には最低限のSF的装飾が施されている。
アナライザーはしてやったりというところだろう。
総じてオリジナルを知る世代にかなり配慮したことが伺われる映画化である。
脚本の佐藤嗣麻子さんや山崎貴監督には感謝したい。

死んだかげぼし君はヤマトが好きだった。
かげぼし君に見せたかったなと思う。
研さんならこき下ろしただろうなと思う。
研さんの酷評も読んでみたかったなと思う。
やっぱり今日はちょっと感傷的になっているな。
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