ZERO:9/11の虚構(1)

京都シネマで「ZERO:9/11の虚構」を観た。
9/11事件を検証する2007年のイタリアのドキュメンタリーである。
この映画はいわゆる「陰謀論」の映画ではない。
あくまでアメリカ政府の「公式説明」を検証し、疑義を提出している映画である。

僕がこの映画を観にいこうと思ったのは、去年亡くなった先輩の影響が大きい。
聡明な先輩はこの件に関しては、陰謀説に立つことを明言していた。
先輩の影響で、僕も陰謀説に関する本をかじった。
確かに9/11事件には奇妙なことが多いことが分かった。
しかしそれでも僕は陰謀説を信じるには至らなかった。

主な理由の一つは、9/11事件が公式発表にあるようなアルカイダによるテロではなく、アメリカ政府に関わる何者かによる自作自演の陰謀だと仮定すると、この陰謀にはあまりに多くの人間が関与しているように思えたことだ。
少なくとも数百人の人間が関与し、口裏を合わせなければこんなことは出来ない。

ケネディ暗殺は陰謀だったかもしれない。
柳条湖事件やトンキン湾事件は謀略だったことが分かっている。
しかしこれらに関わった人間の数はそれほど多くない。

ナチスのホロコーストのような大規模な事件には、たとえ誤ったものであれ、なんらかの大義名分が必要だ。
自国の罪のない市民を何千人も殺すに足る大義名分があるだろうか?

およそそのように考えて僕は陰謀説を信じることが出来なかった。

今回この映画を観にいったのは、一つには先輩に対する義理立てだった。
僕は一つの結論を出すほどにこの事件について調べたわけではない。
この映画がその答を与えてくれることを期待していたわけでもなかった。

このドキュメンタリーはツインタワー崩壊にまつわる様々な矛盾を暴き立てる。
犯人とされた19人のアラブ人についても、ビンラディンやアルカイダについても懐疑の目を向ける。
それらはいずれも聞くべき説得力を持っているように思えた。
しかし僕はあの日「何が起こったのか」について、ついに確信できるには至らなかった。
これまで以上に事態は混沌として見えた。

ただ一つ、この映画を観て僕が確信していいのではないか、と思えることがあった。
それは「何が起こったのか」についてではなく、「何が起きなかったか」についてだ。

あの日、ペンタゴンにB757は突っ込まなかった。

それだけは確かに思えた。
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