研さんのこと(1)

研さんのことを書こう。

高校に入って僕が選んだクラブは商業美術部だった。
商業美術というのはつまりコマーシャルアートで、イラストやデザインのクラブだった。
と言っても、その頃からマンガやアニメが好きな人間が集まるオタク的クラブになりつつあった。
「オタク」という言葉が生まれるだいぶ前の頃だ。
3年生だった研さんはその商業美術部の部長だった。
その理知的で繊細で温厚な人柄から後輩に慕われた。
もちろん女の子にももてた。
僕らにとっては憧れの先輩だった。

研さんたちは商美を卒業した後、OB会を立ち上げた。
そのおかげで、僕たちは高校を卒業した後も頻繁に交流した。
年に4回会誌を作り、旅行や飲み会にもしょっちゅう行った。
研さんともその後ずっと交流があったのはそのOB会のおかげだ。

研さんは早い時期から大友克洋さんを高く評価していた。
「童夢」以前の、本当に初期の頃から大友さんの才能を高く買っていた。
僕が大学に入った頃連載されていた「AKIRA」の単行本を、通常の単行本サイズではなく、もっと大判の単行本にしてほしいという署名活動を、研さんとしたことがある。
その活動が実ったおかげかどうかは分からないが、「AKIRA」の単行本は日本のマンガ単行本としては異例のB5サイズの大型単行本になった。

実は研さんとは同じ大学に行ったのだが、学年が離れていた上に学部も違ったので、大学の先輩後輩という意識はあまりなかった。
ただ、研さんが大学を卒業する頃、工学部の建築学科に再入学しようかと考えているという相談を受けたことがある。
研さんがそういう大事な相談を僕にしてくれたことが、とてもうれしかったのを覚えている。

研さんは結局大学には残らず、某大手おもちゃメーカーに就職した。
就職を決まったことを聞いたのは船の上だったのを覚えているので、たぶん小豆島へみんなで旅行に行った時のことだったんじゃないかと思う。

就職して研さんが東京に行ってからもちょくちょく会う機会があった。
OB会の集まりにはまめに顔を出してくれたし、東京のお宅におじゃましたこともある。
いつ会っても研さんは優しく、博学で、僕らは映画の話やアニメーションの話をよくした。
今だから白状するが、僕は研さんがあまりに好きだったので、研さんが結婚した時は、連れ合い(研さんはこの言い方を好んだ)の方に嫉妬した。
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