サバイバル・オブ・ザ・デッド(その2)

もう一つは、この映画が一見非常に古典的な作りをしているように見えることだ。
この作品の舞台になっている島はまるで時間に取り残された場所のようで、主人公たちがこの島にやってくるのは一種のタイムトラベルのように見える。
美しい自然に囲まれた島での二つの家をめぐるドラマは西部劇そのもので、ホラーという武器で常に時代と切り結んできたロメロの作品としては奇妙に時代がかって見える。
21世紀に9・11を契機としてゾンビの世界に帰ってきたロメロが、なぜこんな古典的な物語を選んだのだろう。
ここで描かれている世界を支配している家父長制、独立と自衛の精神、キリスト教の篤い信仰、移民の歴史といったものは、おそらくアメリカのある種の人々にとって、まぎれもなく古き良きアメリカを代表するもので、アメリカをアメリカたらしめてきたと考えられるものだろう。
ロメロが問題にしているのは、その「アメリカ精神」そのものである。
現代という時代から華々しいテクノロジーやメディアの表層的イメージを取り払ってみれば、実はそこには変わらぬ「アメリカ精神」がある。
その「アメリカ精神」の亡霊が今も戦争を引き起こしている。
ロメロが鋭く突きつけているのはそこだ。
いかなるノスタルジーとも無縁にアメリカをアメリカたらしめてきたアメリカ精神そのものをロメロは切りつけるのだ。
そこにこの映画のラディカルさがある。
人間の変わらぬ愚かさにロメロは怒る。
一見古典的に見えるこの物語は、やはり現代を描いている。
現代を支配している旧い亡者を描いている。
この映画の中では生きているものが亡者で、その亡者に脅かされ飼われそして復讐するゾンビが僕らだ。
だからこの映画のタイトルは「サバイバル・オブ・ザ・マン」ではなく「サバイバル・オブ・ザ・デッド」なのだ。
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