死者と花火

名古屋で観そびれた「ランド・オブ・ザ・デッド」を観る。
膝を正して観た。
なにしろジョージ・A・ロメロの新作である。
本家本元ゾンビである。
怖さでいったらザック・スナイダーの「ドーン・オブ・ザ・デッド」の方が怖いかもしれない。
しかしなぜかこの映画を観た後、僕はしばらく震えが治まらなかった。

「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」以来、ジョージ・A・ロメロが描いてきたゾンビは「状況としてのモンスター」である。
ゾンビはゾンビという状況としてあり、その状況下で人間がどう振舞うかをロメロは描いてきた。
今回もそのスタンスは変わらない。
むしろ今まで以上に生きている人間の側を描くことに比重が置かれている。
ゾンビが世界を被い尽くしている末期的状況の中で、回りを川に囲まれた小島の中に人間社会が奇跡的に維持されている。
その中に階級があり勝ち組と負け組がいて、勝ち組も負け組もそれぞれに退廃している。
その世界での群像劇としてこの映画はある。
前作の「死霊のえじき」からゾンビと人間の差異は曖昧になっていくのだが、この映画ではゾンビはさらに人間化し、群像劇の一員として活躍する。

ロメロはその混沌とした状況を描きながら、それでもなお理想というものはあり、希望というものもあるのだということを描こうとしている。
状況は絶望的であり、人間はどうしようもなく愚かだ。
しかしあきらめることはない。
こんなことは人間の歴史の中では繰り返されてきたことだ。
その楽天性がこの映画を貫いている。
映画は空に打ち上げられた花火とともに終わる。
絶望はしない。
ある解放の神学の司祭が言っていたこんな言葉を思い出した。
「腰まで泥に漬かりながらそれでも世界は美しいと言える者にのみ、美について語ることを許そう。」
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