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榊先生のこと(1)

大学時代のことである。
北白川の山の中にあるマネキン工房にバイトに行った。
昼休みに辺りを歩いていて、開けたところに出たと思ったら、そこに古代の竪穴式住居がいくつも並んでいた。
なんだ、これは、と思って見ていたら、下から作務衣の男の人が上がってきた。
その人が榊建先生だった。
後から聞いたところでは、人の敷地に無断で入ってきて何者だ、と先生は思われたそうなのだが、僕の第一印象はにこやかな人だった。
その印象は今も変わらない。

榊先生はこどもあとりえという子供のための美術教室をやっていて、その竪穴式住居は、こどもたち自身が建てた教室だったのだ。
話を聞いて感激して、僕は毎週土曜日の教室に先生のところに行って、半ば押しかけ弟子みたいなことをすることになった。
弟子と言っても何をするでもなく、こどもたちと遊んでいただけなのだけど。

美術教室と言っても、ただ絵を描くだけの教室ではなく、山の中で五感を使って遊ぶことを先生は大事にしていた。
竪穴式住居を作ることもその一環だった。
相撲をしたり、山の木にロープを吊るしてターザンごっこをしたりした。
冬には竪穴式住居の中で焚き火をしながら絵本を作ったり、凧を作ったりした。
スケールの大きな遊びを体験しているこどもたちが羨ましかった。

毎年年末に蕎麦の会というのを開いていて、こちらは大人が集まって、先生の手打ち蕎麦をいただきながらおいしい酒を飲んだ。
とても贅沢な時間だった。
京都新聞に連載を持つことになったのも、実はこの蕎麦の会の人脈だった。
奥さんも気さくな方でお世話になった。

その奥さんが一昨年亡くなり、1月20日に今度は榊先生が亡くなられた。
ここ何年かはお会いしてなく、今年年賀状をいただいて、今年こそお伺いしようと思っていた矢先だった。
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