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大映特撮ナイト 第8夜 「怪談深川情話」

実は新作映画もいろいろ観てるんだけど最近感想書いてない。つまらなかったわけでは全然ないんだけどな。

で、今回も大映特撮映画を制作年代順に観ていく一人上映会のこと。第8回は1952年の「怪談深川情話」。脚本・監督は犬塚稔。僕は海外の古典ホラー映画がわりと好きなんだけど、日本の怪談映画をあまり観ていない。中川信夫監督の「東海道四谷怪談」が印象に残っているくらいで、ほとんど白紙に近い状態。そういう意味でこれから何本か続く大映怪談映画はかなり楽しみにしいてたのだ。

さてこの映画、ものすごく上品な怪談映画だった。この映画は戦後初の本格的な怪談映画だそうだが、物語の終盤になるまではしっとりとしたメロドラマを観ている感じだ。

時は明治。踊りの師匠の吉登世と年下で純粋な若者新吉の恋物語に新吉の親方、熊本組の傅次郎と吉登世のお弟子さんのお久が絡む。傅次郎は惚れた女を手下の新吉に取られて面白くない。好色で強引な男である。若く清純なお久は新吉に何度も危ないところを助けられて憎からず思っている。新吉と結ばれた吉登世はお久と新吉の仲を疑って嫉妬に駆られる。それにうんざりした新吉に別れ話を切り出され、追いすがったところで転んだ吉登世は顔に怪我をする。ここらからやっと怪談らしくなる。

心理描写が丁寧で品のいい撮影と相まって上品な文芸映画のようだ。顔に怪我をするくだりが92分の映画の60分くらいのところで、そこまで扇情的な要素は全くと言っていいほどない。

顔の怪我が元で寝込んだ吉登世を新吉は献身的に看病する。そこに傅次郎がよからぬ企みを持って忍び込み、吉登世の顔に驚いたのか、はずみで切ってしまう。はずみで切るなよ。顔の怪我ったってお岩さんみたいに凄いことになっているわけではないのである。折り悪く、その時新吉はお久とこっそり出かけていた。なかなかに後ろめたいシチュエーションである。と言ってもそこも上品で、うどんを食べながら身の上相談に乗っていただけである。責めるのは酷というもの。しかし嫉妬に駆られた吉登世の亡霊には通じない。

亡霊が出てきてやっと特撮の出番である。と言ってもうどん屋に現れた吉登世は普通の人間の姿をしていて、普通に人力車に乗せられ帰宅する。家に帰り着いた吉登世がすーっと消えるシーンが最初の特撮シーンだが、怖いというより綺麗な絵に仕上がっている。その後は傳次郎に切られたと思った新吉が手下の男だったり、お久と思ったら吉登世の姿に変わっていたりと、吉登世の亡霊に人の姿を違って見せる力があるのか、罪悪感から幻覚を見るのか、目まぐるしく人物が入れ替わる。このあたりがこの映画の最大の見せ場。倒れているお久を新吉が抱き起こし、しがみつくお久がいつの間にか吉登世に変わっているというシーンをワンカットで見せるところがある。当然途中でカメラを止めてなるべく人や背景が動かないようにしながらお久と吉登世を入れ替えているのだろうけど、一見しただけでは分からない、手品のようなシーンだ。川に落ちたお久を新吉が引き上げると吉登世に変わっているシーンは特撮と言うほどではないが、白黒映画の黒い水はなかなかに不気味だ。照明も上品ながら雰囲気を盛り上げている。

元になったのは「真景累ヶ淵」だそう。大映には1960年に「怪談累が淵」があるのだが、なぜかこれも DeAGOSTINIのコレクションには入っていない。セレクトの基準が今ひとつよく分からないな。次回はDeAGOSTINIのコレクションに漏れていた「大あばれ孫悟空」を観る予定。

大映特撮ナイト 第7夜 「西遊記」

DeAGOSTINIの大映特撮映画DVDコレクションを公開年代順に観ていく一人上映会第7回は1952年の「西遊記」(冬島泰三監督)。いきなり雰囲気変わるな。

戦前にも何本も撮られている西遊記だが、戦後では初。ということはもしかすると戦後初のファンタジー映画でもあるかもしれない。ちゃんと調べたわけじゃないけど。ところで1952年というと手塚治虫の「ぼくのそんごくう」の連載が始まった年でもる。当然手塚先生は観ておられたと思う。

アニメーションのオープニングの後、いきなり砂漠を白馬に乗って旅する三蔵法師のシーンで始まる。これロケ地どこなんだろう。鳥取砂丘?海外?海外って言ったって、中国やモンゴルとは国交のない時代だし、どこだろう。気になる。
思っていた以上にスケール感のある作品になっている。セットも衣装もメイクもそれなりに頑張っている。さすがに町のシーンはお金かかってない感じだけど、戦後7年の時期としてはかなり大作感のある作品だったんではないだろうか。特殊撮影もふんだんに使われている。と言ってもジョルジュ・メリエスの映画を思わせる素朴なものだけど、今観るとそれがかえって新鮮に見えるところもある。金角大王の瓢箪に吸い込まれるシーンなんかは、リアルな映像ではないんだけど、工夫してあって味がある。

孫悟空に歌舞伎役者でもあった坂東好太郎を配し、花菱アチャコが猪八戒、杉狂児が沙悟浄。江戸っ子風の孫悟空と関西弁の猪八戒という取り合わせ。杉狂児の沙悟浄はちょっとなよっとした感じ。
物語は三蔵に三匹が弟子入りするくだりと、金角・銀角、牛魔王のエピソード。
派手な立ち回りあり踊りありちょっとしたエロティシズムあり意外に残酷なシーンもあり楽しめた。

これ続編が二つあるんだけど、なぜかDeAGOSTINIのコレクションには入っていない。アマゾンで調べたらKADOKAWAから出ているので注文。

ところでこの間の「氷柱の美女」の原作、江戸川乱歩の「吸血鬼」読んでみたけど、大幅に違うんだな。でも、それはないだろうと思った氷漬けの美女が実は、というくだりは概ね原作通りだった。まあ原作もいろいろ無理のある話ではある。面白かったけど。

次回は「怪談深川情話」。この辺から怪談映画が続く。

大映特撮ナイト 第6夜 「鉄の爪」

DeAGOSTINIの大映特撮映画DVDコレクションを公開年代順に観ていく一人上映会第6回は1951年の「鉄の爪」。監督の安達伸生は前々回の「透明人間現る」を撮った人。主演は前回の「氷柱の美女」で明智小五郎を演じた岡譲二。

怪作である。「狼男」と「ジキル博士とハイド氏」と「キングコング」を足して3で割って、そこに戦争の残り火とエロティシズムとキリスト教的教訓を散りばめた一言で言いにくい映画だ。

深夜の殺人事件。現場は人間業ではない力で荒らされており、被害者の情婦、雪絵はゴリラのような男だったと言う。その雪絵の内縁の夫だった田代恭介(岡譲二)は戦争で死んだと思われていたが、実は生きて日本に帰ってきていた。南洋でゴリラ(地理的に考えてオランウータンの間違いではないか)に噛まれ、それ以来強い刺激(酒とか)に会うと錯乱し獣人になってしまうのだ。

田代は普段は教会の戦争孤児院に勤める高潔な人物で、彼を慕う教会の娘、正代(関千恵子)が健気でかわいい。田代を利用しようとするいかさま興行師の灰田天心(斎藤達雄)がメフィストフェレス的な役割。雪絵は戦後キャバレーの踊り子になっていて、演じる園マリアは本職のストリッパーだったそう。

灰田天心は田代を見世物にしようとするんだけど、その前に演っていた演目が「透明美女現る」。もちろん2年前の「透明人間現る」を意識している。このシーンはストーリーの中では重要なエピソードというわけでもないんだけど、けっこう大事な見せ場。何かの放射線を浴びた女性の服が一つずつ透けていき、下着になった後全身が透明になる、という趣向。キャバレーのシーンとともにこの映画のエロ路線担当。

岡譲二は端正な二枚目なのだが、この二枚目がゴリラ男に変身するシーンは見どころ。変身したゴリラ男の暴れっぷりもなかなか堂に入っている。ところでこの映画の原案にクレジットされている中溝勝三とは岡譲二本人のことであるらしく、本人望んでのゴリラ男なのである。道理で生き生き演じている。
ラストはキングコングなのだが、その後のシーンが意外だった。ゲテモノ映画なんだか真面目なキリスト教映画なんだかよく分からないのがこの映画の醍醐味だろう。いや、人間の魂の二面性を描いた意外と真面目な映画なのかもしれん。エログロ映画だけど。

「大映戦慄篇 昭和二十年代探偵スリラー映画」という本をこの間入手したんだけど、この時代の大映は探偵スリラー映画を量産していて、この本で紹介されている映画だけでも41本ある。残念ながら大映特撮映画DVDコレクションに入っているのはこの「鉄の爪」が最後で(昭和三十年代の「透明人間と蠅男」という凄いタイトルのがあるが)、次回は打って変わって「西遊記」。その後は当分怪談映画が続く。

大映特撮ナイト 第5夜 「氷柱の美女」

DeAGOSTINIの大映特撮映画DVDコレクションを公開年代順に観ていく一人上映会、第5回は1950年公開の「氷柱の美女」。
原作は江戸川乱歩の「吸血鬼」で、後に天知茂主演のTVシリーズ「江戸川乱歩の美女シリーズ」第1作としてリメイクされている。
らしいのだが、原作も未読で天知茂のTVシリーズも観ていないという体たらく。
お陰で先入観なく観れた(言い訳)。

江戸川乱歩の「吸血鬼」には吸血鬼が出てこない、というのは知っていた。冷酷無比な犯人に対する比喩なのである。
大映はこの頃盛んに探偵スリラー映画を作っていたらしく、すでに観た「虹男」「幽霊列車」「透明人間現る」もミステリー色の強い作品だったし、このDVDコレクションには入っていないけどこれ以前に多羅尾伴内ものがあったりする。
戦後GHQにチャンバラ映画が禁止された代わりに現代劇のミステリーが多く作られたらしい。

嵐の晩、二人の男が一人に女性・静子を巡って争うシーンから物語は始まる。静子は紳士然とした三谷を選び、顔に大きなあざのある画家岡田は復讐を誓う。
しかしその岡田は顔面に大きな怪我をした投身自殺死体として発見される。
そこから話は二転三転し、怪しげな人物が次々現れ、奇怪な事件が次々起こる。
原作を読んでいないので、どこまでが江戸川乱歩のアイディアでどこからが脚本家の独創なのか分からないが、かなり盛りだくさんでサービス精神旺盛な作品である。
「一寸法師」とか「せむし女」とか今だと問題のある描写もしばしば。

物語は概ね静子の旧友で明智小五郎の助手である文代の視点から描かれる。
強い女性はこの時期の大映ミステリーの特徴だったのだろうか。「虹男」の女性記者、「透明人間現る」の男装の麗人と同じ趣向だ。
文代役の相馬千恵子は長身で明智役の岡譲二とほとんど変わらない。もしかすると文代の方が背が高いんじゃないだろうか。
この映画の明智小五郎はオールバックでスタイリッシュなイメージ。少しだけど小林少年も出てくる。原作は小林少年の初出作品だそうだ。

この映画も特撮映画、というほど特撮が出てくるわけではないんだけど、特殊メイクが一つの売りになっている。謎の「唇のない男」のメイクも不気味で猟奇的。
中盤のお化け屋敷のシーンはけっこう本格的に怪談映画のノリである。ここが一番の見どころかも。

タイトルになっている「氷柱の美女」は当時の宣伝でも「裸女氷詰めのクライマックス」と謳われているのだけど(ネタバレ気味)、ちょっとあっけない。
たぶんここは原作とは違っているんじゃないかな。
とりあえず原作買って読んでみます。

次回は「鉄の爪」。

大映特撮ナイト 第4夜 「透明人間現る」

大映特撮映画を公開年代順に観ていく一人上映会、第4回は1949年の「透明人間現る」。やっとザ・特撮映画という感じの映画になった。

舞台は神戸。化学者中里博士には瀬木と黒川という2人の愛弟子がいて、その2人は博士の長女真知子を愛している。2人はそれぞれ違う理論で物体を透明化する研究をしていいたのだが、実は博士はすでに透明薬を完成させいていた。それを知った自称実業家川辺は透明薬を悪用しようとする。

原作は高木彬光でプロットはさすがにかっちりしている。この映画の透明人間はH・G・ウェルズの小説を踏襲し包帯をぐるぐる巻きにした姿をしているのだが、包帯を巻いていれば普通の人間も透明人間に見えることを利用したトリックなんかも出て来る。単純と言えば単純なのだが、82分を飽きさせない。男装の麗人水の江瀧子など登場人物も多彩。

特撮は円谷英二。この時点で48歳と実はそんなに若くない。戦後公職追放の憂き目にあった後の復帰作でもあるそうだ。東宝でも「透明人間」を撮っているが、こちらは「ゴジラ」と同じ1954年の映画で、大映のこれの方が5年早い。1933年に米ユニヴァーサル社が「透明人間」を作っていて、それに触発された部分は大きいだろう。ユニヴァーサル社の映画ほどの派手さはないが、透明猫が部屋を歩きまわるシーンなんかきめが細かい。足跡がペタペタ着くシーンはコマ撮りなんだろうけど、カメラがかなりの速さで動いていて、これは面倒くさいはず。透明人間が包帯を解き服を脱いでいくシーンは全体の中でも大きな見せ場で力が入っている。透明人間がサイドカーを走らせるシーンもさすがの出来。しかし裸でバイク乗ってたら寒いだろうな。

オープニングのクレジットで透明人間の配役が「?」になっていてちょっと笑った。「月光仮面」よりだいぶ早い。でも透明人間って透明であることだけが取り柄なので、実はそんなに強くないんだよな。裸だし。透明であることを透明人間が利用しているシーンって意外と少なくって、透明であることにびっくりしている相手を恫喝している、というのが多くてそこは残念。透明人間がいることに気付かず、ヒロインの真知子が恋敵に告白するシーンのいたたまれなさが案外この映画の最大の見どころかもしれない。

次回は「氷柱の美女」。
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